はるか【完】
片思



始業式から3日がたった。
私のスマホには裕太から連絡はないし、もちろん良くんの連絡もない。


「甘いよね、遥…。私なら殴ってるわ」


もう裕太と話し合ったし、始業式のことは無かったことにすると言った私に、莉子がそう返事をした。

学校へ登校している最中。
今日はブレザーがほしいぐらい、少し肌寒い日だった。



「元はと言えば私が悪いし」

「いや、それでもさあ。…ってか高島と連絡とってんの?」

「ううん」

「連絡無し?」

「3回かけたけど、繋がらなかった」

「無視されてるってこと?」

「…うん」

「遥の事で裕太くんに怒ったのに?停学中だから? 」

「ううん…」


もう、良くんは、私に関わらない。


チームを守るため悪者になるから。
悪者になれば敵は多いから。

私が大事なチームの男の元カノだから。


良くんに…好きな人がいるから。



私は、〝ない〟らしい男…。


「まだ良くんの…学ラン持ってるの。返さなきゃ」

「学ラン?」

「でも良くん、私と会ってくれないと思う」

「待ち伏せすれば? 学校でも。裕太くんいると思うけど」

「そうだね…」

「諦めるの?やっと裕太くんと話しつけたのにさ?」

「……」

「とことんやれば?会いに行きなよ」

「…うん」

「あと4日? 停学あけたらさ。お礼みたいな感じでご飯誘ってさ?」

「……」

「頑張りなよ」


頑張る。
うん…。
振り向いてくれるように…。

私は〝ない〟だとしても。



「うん、会いに行く。お礼ぐらい…言ってもいいよね」

「うんうん!そう! あ〜もう!なんか学校って気分じゃないねっ、サボってカラオケ行こうよ、」



良くんのことを嫌がっていた莉子が、私を応援してれて。
友達の莉子は私を励ますために、カラオケに誘った。


「うん、なんか今凄く騒ぎたい」


ほんとは、会わない方がいいんだと思う。少なくとももう良くんは会いたいなんて思ってない。

っていうか、会いたくないっていう気持ちが100パーセントだと思う。




でも、やっぱり、諦められないから。



良くんの家も知らない。
待ち伏せできるのは、学校だけ。
もう誰の女でもない私が、溜まり場に行けるはずがないから。



そこは繁華街のカラオケだった。
カラオケがオープンするまでまだ時間があったから、24時間営業のスーパーでお菓子などを適当に買った後、カラオケに向かう。


平日の朝の繁華街はそれほど人はいなく。


9時オープンのカラオケに行き、莉子と2人で歌ったりして。


莉子が「マジで応援してる、高島って結構良い奴だった、まあ彼氏は無理だけど」とマイク越しで言うから。


くすくす笑う私は、莉子と本当に仲直り出来て良かったと思った。



「ドリンクバー行ってくる、莉子いる?」

「マジ?コーラ!」

「はは、りょうかい」



2人分のグラスを持ち、部屋の外に設置してあるドリンクバーへと向かう。

莉子のコーラと、私の烏龍茶を入れている最中だった。



同じように、グラスを持ち、ドリンクバーの所へと、ある人物がやってきたのは。



どこかの高校のブレザー…。
どこからどう見ても気崩しているその制服には、見覚えがあった。


あの、やけに爽やかな男と同じ制服。


穂高と同じ制服を着ている男が、とある部屋から出てきたらしく、私と同じように何かの飲み物を入れていた。



──…やば、い、と、心の奥で思った。



清光だ、、。



西高よりも、不良が集まる高校。



莉子に言わなきゃ、清光の生徒がカラオケに来てるっぽいって──…




「なあ、その制服長高だよな? 友達ときてんの?」



びく、と、肩が動いた。
金色の髪を揺らしながら、なぜかわざわざ私の方を見て、声をかけてくる清光の生徒に、戸惑う。





──清光と、関わるな。

もし関わることがあれば、穂高派か安藤派か、見分けなければならない。って、莉子に教えられたことがある。

穂高派なら大丈夫だと思った。
数回喋ったことがある穂高なら…──

なにより、真希ちゃんの友達である私に〝怖い事〟をしないと思い…。


待って。

穂高派は私を見張っていたことがる。
だとすれば、穂高派に私の顔は知られてるってことでは?だったらこんなふうに、初めて会った風に話しかけてくるのはおかしくて。

それとも、1年?

ううん、この雰囲気は、多分、1年生じゃない。

新品ではないブレザーを見れば、きっと2年か3年のどちらか。



だったら答えは1つ。
清光高校の2年か3年の、安藤派。


──…1番関わってはいけない派閥。

穂高に気をつけろって言われていた安藤派。



無視もできない。

きっとこの男は何人かで来てる。
こういうパターンは、無理矢理 部屋に誘われてヤラれる…レイプが当たり前の清光。


だから女の子と来てるって言ってはいけないって即座に判断し。



「ううん…彼氏と来てるの」



にこ、と、〝それ〟を断った私に、「そっかぁ」と短い眉を見せ、鋭い目を細め。にっこりと微笑んだその人に「では…」と頭を下げて部屋に小走りで戻った。



出た方がいい。ここを。
グラスふたつを持ちながら急いで部屋を戻ろうとすれば、私たちの借りている部屋の扉が少しだけ開き。

開いたのは、10cmほど。

偶然にも莉子が出てきた、と思ったら、再びその扉は閉じられた。

なに?と思って部屋の前に立ち、その扉を腕を使って開けようとすれば、「開けるの、手伝おっか?」と、背後からそれを呟かれ。


背中に、冷や汗が流れた。


後ろを向かなくても分かる。


私のあとを追ってきたらしい、さっきドリンクバーにいた男は、背後から〝うそつき〟と低い声で呟きながら、私と莉子の部屋の扉を開られて──…



扉の向こうを見て、言葉を失う。

数分、たった2分ほど、離れていただけだった。


目の前にあったのは、何かの布を口に当てられ、必死に抵抗している莉子…と、



馬乗りになり、莉子を押さえつけている清光の生徒が2人。そしてデンモクを操作しソファに座っている男が1人。



なんで、と、


やばいと、思った時には、背後にいた金髪の男がドンっ、と、私の背中を押した。


膝をつき、両手に持っていたグラスの中身が、バシャリおこぼれ落ちる。



はっ、と、莉子を見れば、何かを嗅がされているらしい莉子の意識は朦朧としているようで。


「そいつが小泉のオンナ?」


私の後ろにいる金髪の男が、潤くんの名字を呟きながら、──…バタンとその扉を閉めた。


なに?
莉子?
潤くんの女だから?
だから清光の生徒がここにいる…?
え?と、焦り戸惑い、どうすればいいと思い立ち上がろうとすれば、後ろにいる男が「んで、」と、私の背中を思っきり足で踏んできた。



膝をつき、背中を踏まれ、がくん、と、肘が折れたと思えば、まるで土下座するように床へ頭をつける形になり。

うっ、…と、背中の痛みで顔を歪めれば、


「こいつが、渡辺のオンナ?」と、間違ったことを低く呟いてきて。



「そーじゃん?」

「さっさとやろうぜ」

「薬は?」

「こいつが暴れるから2個とも使った」


視界の端には、完全に気絶してる莉子がいる…


「はあ?」

「なあ、俺歌ってていー?」

「写真撮れよ」

「はいはーい」


話の流れは、何となくわかった。
莉子が魏心会である潤くんの彼女だから。
私が、魏心会である裕太の彼女だから…。
彼女じゃない、彼女じゃないと言っても、こいつらは〝うそつき〟と言って、信じてくれない。


でも、


「やめてよっ、!」


必死に抵抗する私の体に、馬乗りになった金髪の男は、「悪いな」と、押さえつけるように肩に手を置いてくる。

床に濡れたコーラと烏龍茶が、髪についた。


ジワジワと、カーディガンが濡れていく…。


大きな声を出したら、頬に激痛が走った。ああ、殴られたと思ったら、部屋の電気が消され明かりはテレビだけになる。


スピーカーの方から音楽が流れ出し、それの音量を上げられれば悲鳴をだしても、部屋の外には何も聞こえない。


頬に痛みが走る中、スカートの中にしか用事がないらしい男の肩を押した時、たらりと頬に何かが流れた。


ズキンズキン──…

血の匂いがする、


「やめ、て、」


私は裕太の彼女じゃない…
莉子…莉子は、どうなってるの、…

キンキン、部屋がくらいのに、目眩がする。



「や、め」

「うざ」



ばさり、と、私の顔になにかがかけられた。
イヤな匂い、変なキツい香水の匂いと血の匂いがまじる。


顔に誰かのブレザーをかけられた私は、もう震えて声が出なかった。抵抗をやめた私の下着を脱がそうと、爪を立ててくる。

痛いはずなのに、顔が痛くて、怖くてそれどころじゃなく。



良くん──…


違うかったよ。



良くんだけじゃなかった。


こいつらは良くんの、〝敵〟じゃない。



裕太と付き合っていたというだけで、私はいまから廻されるらしい。



良くんだけに、〝敵〟がいるわけじゃない。



爆音と、誰かの歌い声が聞こえる。







ブレザーで顔を覆われているせいで、息がしにくい、息が、息が──…。

息ができない。頬と鼻が痛い。
血の匂いがする、イヤな匂い。
ぐるぐるぐると、車酔いするように目眩がし、吐きそうになり。


は、と、口を開いて酸素を求めた時だった。
下着を脱がせるために立てられていた爪と、馬乗りになっていたその重さが無くなった。

爆音の中、どこからが──ガシャン、と、何かが割れるような音が響き。


顔の上からブレザーの影がなくなり、視界の中に入ってきたのは明るすぎる部屋の電気。
眩しくて、鼻が痛くて、思わず目元を隠せば「ぶさ」と、誰かが笑っているような声が聞こえて。



──…爆音の曲が、とまる。

そうすれば、今度はクリアにドカ!!っと、誰かの皮膚と骨が擦るような音が聞こえて。





「お前、真希の友達で良かったな」


膝をおり、私を見下ろすように座っている男は、その制服には似合わない黒い髪をした男。




痛みのせいでチカチカとする視界の中、「晃貴、こいつらどうする?」と、また誰かを殴っているらしい、骨がしなるような音が聞こえた。


膝をつき、ぴく、ぴくと、鼻をおさえながら上半身を起こせば銀髪の男がさっきまで莉子を押さえつけていた男を殴っている最中で。

莉子を見れば、それほど服の乱れはなく、ほ…と息をつけば、「殺していい」と穂高が当たり前のように言うから。



今の状況を考えながら、再び穂高の方を見れば、私を犯そうとした金髪の男の背中に座り込んでいる穂高が、私の持ってきたグラスを振り上げるところだった。


寝てんじゃねぇよ、と、頭から血を流れそうになるほどそのグラスを金髪男の頭に叩きつけた穂高は、「なにこれ、安藤のシュミ?」とグラスを放り、金色の髪を掴む。



「これ、安藤がしろっつったのかよ?」

「な、んで、」

「あ?」

「なんで、っ、穂高が…」

「悪いなァ、こいつ俺の女の友達なんだわ」

「っ、くそ、っ」

「俺が機嫌いいうちに言えよ〜、安藤の提案?言わねぇと首おるぞ〜」


背中に座り、金髪を掴みながら、ゆらゆらと頭を揺らし楽しそうする穂高の手からはブチブチと掴みすぎて髪の毛を抜ける音が私まで届いた。


「あんど、う、さんは、関係なっ…」

「だろうな」


穂高がそう言った直後だった、掴んでいた髪を思いっきり床に叩きつけ、脳震盪を起こしたのか、気絶するように動かなくなった男に「しょぼ…」と呟いた晃貴は、「徹、どうだ?」と銀髪の男に問いかけた。


「寝てるだけだな、薬嗅がされてる」

「あっそ、──…んで?お前、何しての?俺言ったよなぁ?気ぃつけろって」



低い声を出し、呆れたように私を見る男は、間違いなく穂高晃貴という男。




「穂高…」


ズキンズキン、鼻から血が流れる…


「なんで…」

「いや、質問してるの俺な?」

「…なんでいるの」

「なんで? お前が真希の友達だから?」


爽やかに笑っている穂高は、知りたいことではない事を言ってくる。

真希ちゃんの友達だから…。

友達だから?

友達だからって、どうして穂高はここにいるの?…また、見張ってた…?

穂高が、見張ってた? 私を?

穂高が?

下の者じゃなく、穂高が見張ってたの?

だっていくら何でも、助けるのが早すぎる。


「他に何か言うことは?」

「莉子は…」

「寝てんじゃん。他は?もっとあるだろ?言うこと」

「…なんで、いるの?」




ぽた、ぽたと、血が制服に落ちていく。
髪がジュースに濡れて気持ちがワルイ…。



穂高はふ、と、嫌味ったらしく笑うと、「助けてやったのにお礼も言ってこねぇお前にいいこと教えてやる」と、気絶している男の顔を私に向けた。



「ひとつ、高島に言ってたことがある。お前に俺んとこのやつをつけてる、ってな。俺と真希が付き合ってからできた真希の友達は信用できないからな」


そう言われて、穂高が私に会いに来た日を思い出す。真希ちゃんを利用してるのか?って言ってた穂高を。


「あいつはチームの女を疑うのかって言ってたけど、お前怪しかったじゃん?」


裕太と付き合ってるのに、良くんが好きだった…


「ンでふたつめ。春休み前、高島から連絡が来た。お前に俺ら以外でつけてるやつはいないかって」


春休み前…


「いたねぇ、髭ズラの男、小指オトしてるオヤジ」


父親…


「つかお前、高島とホテル行くとかやるな。あいつ女とホテル行くんだ? 女嫌いなのにな」



ふと、良くんが、ホテルに行った日、穂高の名前を言っていたことを思い出した…。



私の家の近くにはいない、と──…
そんなようなことを。


「みっつめ、高島が停学になったって清光で噂が流れた」


停学…?
どうしてここで、良くんの名前が出るの?


意味の分からない事を言う穂高に、眉がよる。




「よっつめ、山本が引退してから護衛が落ちた。お前ら族やってる自覚あんの?ってぐらい…──、ぬるい」


ぬるい?


「いつつめ、それを狙って安藤が動いてた。つってもこいつらみたいな下っ端。上に行こうと必死な奴らがお前らを狙ってた。分かったか?」



分かったか?



「このクズどもは魏心会の女を狙ってうろちょろしてた安藤側。お前らはそれに捕まった。高島が停学で動けねぇ今を狙ってな」



女を狙ってた…?
安藤側…。
捕まった?
良くんが動けない今を狙って──



「そ、れで、どうして、穂高が、来ることになるの…」



なんで、穂高が、ここにいるの…。



「いや? 俺らは分かってたからな。お前らを狙ってるって。見張ってたら髭面以外に安藤側のヤツらがチラホラいてよ? お前だけじゃなくてそこの寝てる女にも張り付いてた。だから安藤側がお前個人じゃなくて魏心会の女を狙ってる、ってすぐ分かった」

「分かったって…」

「知ってるか? 清光では決まり事があってな?」

「決まり事…」

「派閥の戦争をするには、そういう種が必要なんだよ。今は冷戦状態、お互い仲良くしましょう?みたいな。それぞれのチームに手を出すことは許されてねぇ、手ぇだしたら条約がキレて戦争を起こせるってわけ」

「種…、…条件?」

「今回はお前。俺が真希の友達のお前に手ぇ出されたって種があるから、今から安藤側と問題起こせる。どうもありがとな?」




え、つまりは、どういう、事なの。


え?


全く意味が分からない、



どうも、ありがとな?


「…そんな説明じゃ分かんねぇだろ…」と、呆れたように呟いた見かけが怖い銀髪の男は、「もっと早く助けてやれよ」と、いつの間にかテーブルが倒れているそれを元の位置に戻していた。


気絶している男たち、4人。
と、莉子。


「やられてねぇだけで上等だろ」

「殴られてる」

「あーほんと、血ぃ出てんじゃん大丈夫?」

「晃貴」

「帰るぞ徹」

「ちゃんと説明してやれ」

「めんど」


はあ、と、ため息をついた銀髪の、徹…という男は、「あの、つまりな?」とゆっくりと語り出す。






事の始まりは、私が真希ちゃんに関わったことと。

それと、冷戦状態で手が出せない穂高派と安藤派、穂高がそれが嫌で戦争を起こしたいということが、重なっていたとの事で。




穂高は私が真希ちゃんを利用しているという不信感をいだいて、私を見張っている時にそれを気づいた。


裕太と付き合ってた私と、潤くんと付き合ってる莉子を狙っている安藤派に。


それに気づいたのは、穂高が私に忠告してきた後のこと。



私と真希ちゃんが友達だから。

安藤派が私を襲えば、穂高は真希ちゃんの友達が襲われたってことで、起こすことが出来なかった戦争を起こせる。


魏心会だから襲われた私ではなく、
真希ちゃんの友達を襲ったという種。



「だから気づいてたんだけど…わざと言わなかった、〝この状況〟を作りたかったから」


私が、襲われている状況を。


「感謝しろよ? 種が欲しかったのは事実だけど俺らがいなけりゃお前らは今頃やられてた。殴られただけで良かったと思え」

「2人を利用したみたいなもんだ、ごめんな…」



利用?



「高島が停学だから、そろそろだろうなって、君らのそばを俺らがウロウロしてた。今日が当たりだったな、ごめんな怖かったろ?」



徹という男が申し訳なさそうに言ってくるけど、やっぱりイマイチ、話の流れが分からなくて…。



「…〝今回は〟ってなに、」

「あ?」

「穂高、前も同じようなことをしたの…」


爽やかな顔を変え、目を細めた穂高は「したよ?」と、冷ややかな顔を向ける。



「前回は俺の真希ちゃん。真希がいたから泉が潰せた」


真希ちゃん?
前回は、真希ちゃん…?


「それって真希ちゃんを利用ってしたってこと?自分の彼女なのに?!性格悪すぎっ」

「逆に俺が性格良かった時あんのかよ?」

「あんたっ、」

「あー違うぞ?晃貴はマジで市川を助けたんだよ。でもあん時は市川と晃貴は関係なかったから泉を潰せねぇはずだったんだよ。あん時は晃貴が条約を破って─…。だから今回の安藤は晃貴がリーチかかってたから手ぇだせねぇし…こうして裏で動くしかなくて…だな」

「うっせぇぞ徹、」

「まあ今回のことは俺らが関わんなくても、お前らはどうせやられてた。そう思ったら助かってよかった、って思ってここはひとつ穏便に済ませてくんねぇか?」

「穏便に…」


穏便にって…。


「あー言っとくけど、魏心会の奴らに言うなよ?俺らはお前らんとこと争いたいとかは思ってない」


そう、困ったように徹という男がいう。
争いたいと思っていない。
それは多分、こっち側の真希ちゃんが穂高の彼女だから。


「…今あったこと、莉子の彼氏の潤くんにも、言うなってこと?」

「そういう事になるな」

「…良くんにも?」

「高島? ああ、…──高島は、」

「高島ならもうすぐ来るだろ、さっき呼び出したし」

「呼び出したのか? 晃貴、でもあいつ停学中って…」

「知らねぇよンなこと」




ゆっくりと、立ち上がった穂高は、「退学になったら喜んで俺の下につけてやる」と、さわやかに笑い、金髪の男の頭を踏みつけた。

「もし…、真希ちゃんの友達…じゃなくて、知り合い程度ならどうなってたの…」


〝真希の友達で良かったな〟と言った男。


「今頃廻されてんじゃねーの」



つまりは、レイプされてから、この部屋に来てたということ。おかされているとわかって…。

性格が悪い男は、私が真希ちゃんの友達だからすぐに助けに来てくれたらしい…。

もし知り合い程度なら〝俺の女の知り合いをレイプした〟種になっていたんだろう…。


「良くん…来るの…」

「呼んだからな」

「……どうして」

「んじゃ聞くけど、そこの女どーすればいいわけ?お前抱えれんの?」

「え…」

「今気絶してるけど、こいつら起きたらどーすんの」


こいつらが、起きれば…


「助けてやってその女、俺んとこ連れ帰ったらヤベェの、お前、想像できねぇの?」


ヤベェの…。
こっち側の莉子が。穂高に助けて貰って、連れて帰るなんて…。穂高のことを良くも思っていない魏心会──…


「お前らのことは高島に任せる、それが一番手っ取り早い。分かった?」


分かった、まだ、全然、納得してないけど。



「良くん…停学中でしょ、私…莉子おんぶできるし」

「その顔で?」


その顔で?


「間違った、その鼻で?」



ふ、と、面白おかしく笑った穂高の見下す先は、私の鼻あたり。もう血は止まってるものの、おさえていた手のひらが真っ赤だった。



ジンジンから、いつの間にかジクジクとした痛みに変わり。



「ブスだなぁ…」と、嫌味ったらしく言った穂高は、今度はソファに腰掛け、優雅に足を組む。



そんな穂高にため息をつきながら、徹という男は「これでふいときな」と、私と莉子が部屋に入る前に渡される使い捨ての手拭きを渡してきた。

それから何分たったのか、
裏で穂高が私たちを利用していたっていうのは、頭にくるけど。
穂高のおかげでレイプされなかったのは事実だし、穂高のおかげで私の父親もいなくなった。

性格がほんとに悪い男だけど、穂高と徹という男に「…ありがとう…」と言えば、「遅」と穂高が言い。


安藤派が「ん、」と目が覚ましそうになった時は「寝てろ」と徹がその男の頭を殴ってもう一度気絶させていた。










良くんが来たのは、すぐだった。
走ってきたのか酷く息切れをし、肩を上下させ。穂高、徹、安藤派。
そして莉子と私に目を向けた良くんは、怖い顔──…初めて見るような鋭い目をもう一度穂高に向けた。


停学中の良くんは、もちろん私服姿で。



「どういうことが説明しろ」



良くんのその言葉で、良くんも何が起こっているのか知らないと分かり。穂高を睨みつける良くんは、「こいつら安藤んとこだろ」と、足元で倒れている男たちを見下した。



「何もこうも、そういう事だろ」

「…なんでこいつらがいる」

「エサ」

「俺んとこの奴ら巻き込んでんじゃねぇよ!!」


怒鳴りつけた良くんは、ズカズカと部屋の中を乱暴に歩いてきて、ソファに座っている穂高の胸ぐらを掴んだ。


「まあ、こいつらが狙われてたのは偶然だったけどな。小泉と渡辺…の、元女を狙ってた。それを俺らが利用した。それだけ」

「なんで俺に言わねぇ!?」



話の内容や、この現場を見てすぐに状況を理解したらしい良くんに、「お前に言ったら安藤派消すだろ」と、へらっと笑った穂高…。



「んじゃ、あとよろしく」



無理矢理引き剥がし、良くんの手から逃れた穂高は立ち上がると「行くぞ徹」とその部屋から出ていこうとして。



チッ、と、良くんが舌打ちがやけに部屋の中で響き。良くんは眉にシワを寄せながら、ソファの上で眠っている莉子の方に近づくと、顔付近に手を当てていた。


息の仕方を確認しているらしい良くんは、莉子が無事だと思った否や、足を進め、今度は私の方に近づいてくる。


未だに床にしゃがみこんでいる私の視線が合うよう、しゃがみこんできた好きな人──…


「…見せろ」

私に二度と電話をするなと言った男が、怖い顔をしながら手で顔を隠す私に、低くそう言ってくる。

良くん…──。

凄く、会いたかった良くん。





「い、や…」

なのに思わずふいてしまう。
正直、小さい手拭きだったから血は全然取れなくてまだ顔は赤いし。殴られたからきっと腫れてる…。

髪は、バサバサ。


「鼻だろ、折れてるか見るだけだ」

「血が、」

「血なんか見慣れてる」

「腫れてる…」

「慣れてる」


好きな人に、酷い顔を見られたくない…。


「ごめんなさい……」

「何が」

「停学…」

「…」

「殴ったんでしょう…」

「……」

「ごめんなさい…」



は、と、ため息をついた良くんは、自身のパーカーを脱ぎ。

「それだけ喋れんなら折れてねぇ」と、

いつかのように私の体にそれを被せてきた。汚いのに。汚れてるのに。良くんのパーカーのフードが深く、私の顔を隠した。


いい匂いが、体を包む。


じんわりと、目の奥が熱くなった。


「良くん…莉子は」

「寝てるだけだ、変な匂いしたし、何か嗅がされたんだろ」




パーカーを脱いだ良くんは、黒の半袖のTシャツだった。寒いはずなのに、私にパーカーを貸してくれた良くんは、莉子の元に近づき、細いけど筋肉のある引き締まった腕をつかい莉子の体をおこした。



「行くぞ」と言った良くんは、莉子を抱え。



ゆっくりと、震える足で立ち上がった私は、莉子と私の鞄をとると、良くんの後ろをついていく。



「部屋…掃除とか、お金…」

「アイツらにやらせればいい」



当たり前に言った良くんは、受付の人に「人がまだ部屋にいる」と言ったあとカラオケ店を出た。



莉子を抱えたまま、道路沿いに出た良くんはタクシーを拾い、タクシーに乗り込む。


「お前ん家の住所言え」と。


私の家で莉子を休ませるつもりらしく、良くんのパーカーを着ている私は、タクシーの運転手に行き先を告げた。

「こいつ、穂高のこと知ってんのか」


こいつ、莉子のことを言ってるらしい良くんに、ううんと首をふる。
私が見たのは、莉子が気絶している姿。
だからその後に穂高が来たことになるから。良くんはもちろん穂高のことも知らないはずで。


「だったら言うな、店員の奴らがきて助けてもらったって適当に言っとけ。そいつらが送ってくれたとか」


莉子は絶対に怒る。
きっと潤くんに言うだろう。
そうすればこっち側と穂高側がまた溝が深まっていく。

そう思えば確かに、私の家が1番いい気がした。
莉子の家にはいけないし、ホテルだって店の人が送ってくれるはずないんだから。


「良くん…」

「……」

「家にいなくて…」


大丈夫なの…?


タクシーの中、そんな私の台詞を無視する良くんは、「さっきのやつらの誰がお前を殴った?」と聞いてくる。話が噛み合わない。


「…どうして、そんなこと聞くの…」

「近くにいた金髪か?」

「良くん…ほんとに家に帰らなくて…」

「金髪なんだな」

「金髪って言ったらどうするの? 」

「お前には関係ない」



助けに来てくれたのに?
関係ないという良くんからは、スマホのバイブ音が響いていた。
誰かが良くんに電話をしているらしい。


電話と私を無視する良くんは、私の家の前に来るとまた眠っている莉子を抱え、「運んでいいか」と、聞いてくる。


「ありがとう…良くん…」

「お前の部屋どこ」



莉子を私の部屋のベットまで運んでくれた良くんは、「今日のこと、誰にも言うなよ」と私の返事も聞かず部屋から出ていこうとするから。



玄関で靴を履く半袖姿の良くんを追いかけた私は、「ま、まって、」と、引き止めた。


「良くん、あの、」

「あ?」

「ありがとう…、莉子のこと、運んでくれて…」


冷たい目を向けた良くんは「誰にも言うなよ」と言ったあと、〝今からどこへ〟行くのか。

なぜ金髪かどうかを聞いてきた良くんに、ある想像をしてしまう私は、やっぱり良くんが好きだと思って…。



濡れタオルで顔をふき、良くんのパーカーを着ている私は、気がつくまで莉子のそばにいた。



夕方になる前、莉子は目を覚ました。



言われたとおり、莉子には穂高の事を言わなかった。ただ一つだけ、良くんの約束を破ってしまった。


「遥…、そのパーカー、誰の…?」と聞いてくる莉子に、言い訳が思い浮かばず。


「助けにきたのは、店の人で…。ここまで莉子を運んで送ってくれたのは良くん…」と。



「高島?」

「莉子…今日こと、誰にも言わないで…。きっと今頃、良くんが〝仕返し〟してくれてると思うから…」

「は、やられそうになったのに?」

「うん」

「なんでよっ?」

「良くんは…、ずっと…みんなからの嫌われ役をしなきゃいけないから…」

「なにそれ…意味わかんない…」



良くんが1目置かれているからこそ、あのチームは保たれている。チームを守っている良くんは、きっと今頃あの金髪を殴っているだろうと、想像しながら──…


「遥はそれでいいの? だって、せっかく、だって…」


良くんが、いい人だと、皆に知れ渡るチャンスなのに?


「うん…、私はどんな良くんでも好きだから…」

「遥…」

「怖かったね…」

「うん…」

「良くんといると、もっと怖くなるのかな…」

「……」

「ごめん、…」

「私、潤の女だから、今回襲われたんだよね?そのへん、ぼんやり覚えてんだけど」

「……」

「そう思ったら、潤も良くんも一緒じゃんね」



そう言った莉子は、軽くため息をついた。


「私は今回ので、潤と別れようと思わないし、それに、」


それに?


「何か起きても、守ってくれる高島がいたら、そんなに怖くないのかもね」











莉子は普通だった。今回のことを無かったように振舞っている莉子はいつもの調子で本日、急遽私の家で泊まる事になった。



「えっ、まじ?!私高島にお姫様抱っこされたの?!ごめん遥!!」


驚く顔をする莉子は、両手を合わせて〝ごめん〟のポーズをしてくる。


「えっ、なにが…」

「お姫様抱っこ!遥がされたかったよね?!」


されたかった、けど。
あの状況では仕方ないし。

というよりも、



「良くん、メンバーの女の子には優しいから」

「そう?」

「うん、莉子も気づいてるでしょ?」

「…まあ、そう、かもね」


躊躇いながら言った莉子に、ふふ、と笑った私は、パーカーを握りしめた。



「付き合えばいいのに、高島と」

「…良くんは私の事好きじゃないから」

「でもさ?高島も、遥に気があるから来てくれたんでしょ?」

「……」

「だって、遥はメンバーの女じゃないじゃん?それなのに優しいっておかしくない?」

「…莉子」

「たぶん、遥のこと、少なからず気はあるよ。頑張りなよ。ほんと応援するから」



ない、と分かっていても。
やっぱり好きなことは止められず。


良くんに返すものが1つ増えた私は、良くんが停学がとけたころ、電話じゃなくて、良くんに会いに行こうと決めた。

そう思って、カラオケ事件から2週間がたった頃、私は西高に来た。
良くんの学ランと、良くんのパーカーをクリーニングするのに結構時間がかかったのと。

今日が、お昼で終わる短時間授業だったから。




ここには裕太がいる。
裕太がいるけど、
電話に出ない良くんと関わるためには、こうして会いに来るしか出来なくて。


たまり場で見た事がある人たちが、校門を出ていく。ちらほら、「あれ裕太の元カノ?」と声が聞こえたりもした。


「別れたんだろ?」
「じゃあ誰に会いに来たんだよ?」



校門でずっと待っていると、そのうち知った顔が出てきて、その人は私の姿を見ると私に近づいてきた。「良くんに会いに来たの?」って。



気まづく、頷いた私に、裕太は穏やかに笑うと「さっき下足場にいたしもう出てくんじゃない?」と。まるで気にしてないと、そんな表情をする裕太は「行こう暁」と、たまり場で見た事がある友人を連れて帰っていく…。



吹っ切ったらしい裕太の背中を見た後、裕太の言葉を思い出した私はもう一度校門の方を見て──…。



中から出てきたその人に近づけば、目つきの悪い男は、軽く目を見開いた。


──なんでいる、



見開いた目から鋭い目付きに変わった良くんは、私を無視して歩きだそうとするから。


制服のズボンに、黒いロングTシャツ。
背の高い良くんを追いかけるように「良くん、」と名前を呼んでも、良くんは私に目も向けてくれない。





──…裕太に申し訳ない気持ちはある。



「こ、これ、返しに来たの」


追いかけても、良くんは見ない。


「制服、と、パーカー…」



足の長い良くん。小走りで追いかけるよう私は、「良くん、」と名前を呼ぶけど…。


完全に私を無視する良くんは、まるで透明人間のように扱い。


「……また、明日もくるから」


駅まで行き、電車に乗り込む良くんのそばでそう言った私に、良くんはやっぱり返事をしてくれなかった。




次の日も同じだった。西高の校門で待っていると「昨日高島を待ってたらしいぞ?」との声が聞こえ。



コソコソとした声を聞いていたら、「良くん今日来てないよ」と、いつの間にか校舎から出てきた裕太がその事を教えてくれた。



昨日の、今日。

どう考えても私を避けている良くん。




次の日、西高に行っても、良くんに会うことが出来なかった。
< 14 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop