冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 穏やかで、信じられないほどに幸福な日々が続いた。晴臣は蝶子の大学院卒業を待って、
来春に婚姻届けを提出しようと約束してくれた。

(ずっと進路に迷っていたけど、結婚するなら晴臣さんを支えることを最優先にしよう)

 自分でも驚くほどにすっきりと、そう決断できた。

「そっか。蝶子も春には卒業かぁ」

 大学に残る予定の真琴はしんみりと寂しそうな顔をしたが、気を取り直すように明るい声を出した。

「でも、蝶子が望んでの結婚ならおめでたいことだよね! 本当によかった」

 蝶子はほほ笑む。

「うん。晴臣さんの奥さんになれるなんて夢みたいで、まだ信じられないんだけど」
「なによ、のろけ話? ひとり身の私に聞かせないでよね」

 真琴にちゃかされて、蝶子は照れまくる。ふいに桃子が「あ」と声をあげた。

「なに、どうかした?」

 真琴に聞かれて桃子は言う。

「でも、蝶子は翻訳家になるのが夢だって前に言ってなかったっけ? このまま専業主婦になっていいの?」
「あれは、夢っていうかただの憧れだから……」

 翻訳専門の会社への就職は狭き門だし、フリーランスとして仕事を請け負うなら人脈が必要だ。蝶子の師である羽柴教授は多少その世界に顔がきくが、『仕事を紹介してくれ』と彼に頼むほどの覚悟はないままにきてしまった。

「蝶子の語学力と知識量なら文学系の翻訳なら十分にこなせると思うけどなぁ」
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