冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
五章
「――子、蝶子」

 耳に響く優しい声に蝶子のまぶたがぴくりと動く。ゆっくりと目を開くと、心配そうな晴臣の顔がそこにあった。「ひゃあ」と小さな悲鳴をあげて、蝶子は身体を起こした。リビングで晴臣の帰りを待ちながら沙良に頼まれた仕事をしていたのだが、いつの間にか眠りこけてしまっていたらしい。

「ごめんなさい! すぐに食事を温めますね」

 そう言って立ちあがろうとした蝶子を晴臣が制す。

「自分でやるから大丈夫だ。それより、顔色があまりよくないぞ。その仕事を終わらせたら、早く休め」
「す、すみません」

 蝶子は晴臣に謝って、再び仕事に取りかかる。ほんの一瞬、晴臣が寂しげな目をしたように思ったが、すぐにいつもの表情に戻って蝶子の肩をポンポンと叩く。

「がんばるのは大事だが、無理はするなよ」

 彼に触れられた肩がほんのりと熱くなり、蝶子は身体の奥に切ない疼きを覚えた。

(そういえば、この一週間くらい晴臣さんと全然……)

 蝶子も持ち帰り仕事があったり晴臣は宿直だったりと、このところ彼とのスキンシップがまったくなかったことに気がつくが、そんなはしたないことを考えている自分が恥ずかしくなって蝶子はブンブンと頭を強く振った。

(寂しいなんて、そんなこと! 晴臣さんだって忙しいし)

 ひとりでバタバタとのたうち回ってから、ふと冷静になって考える。
< 118 / 188 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop