冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 自分のいないところで、ふたりがそんな会話を繰り広げているなんて知る由もない蝶子は、急ぎ足で電車に乗りこんだ。あのふたりの推測したとおり、本屋に寄るというのは嘘で、今日は早く帰宅し食事の支度をしなければならないのだ。
 大田区の閑静な住宅街、そこに蝶子の生まれ育った観月の家がある。地上二階地下一階、広いバルコニーが自慢の洋風の一軒家だ。大邸宅というほどではないが、立地も加味すれば十分に立派な屋敷といえるだろう。

「ただいま戻りました」

 エナメルの黒いバレエシューズを脱いだ蝶子は着替えもせずに、すぐにキッチンへと向かう。北欧ブランドの白い絨毯が敷かれたリビングでは、継母の紀香と妹の七緒がテレビを眺めながらくつろいでいた。
 ふたりがこの家に来たのは、蝶子が小学校一年生のときだ。蝶子の実母である小夜子が家を出ていき、父親から『お母さんとは離婚したから』と聞かされたのとほぼ同時だった。あまりにも急なことで、蝶子は紀香を母親として受け入れることができず拒絶してしまった。そのわだかまりは今も残っていて、紀香と蝶子の間に暗い影を落としている。

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