冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 それには素直にうなずいた。国家試験に受かるまでは医師として働くこともできないので、急ぐ理由はなにもない。
 晴臣はしばらくの間、百合の近況報告に耳を傾けた。ひと通り話を終えたところで、彼女が「あぁ」と思い出したように手を打った。

「晴臣。観月さんのところの蝶子ちゃんを覚えてる?」

 そう言われてもすぐにはピンとこなかった。観月家は規模こそ大きくはないが専門性の高い製薬会社で、有島病院とは古い付き合いだ。

「観月の……あぁ、彼女ですか」

 古い記憶をたどり、ようやく思い当たるものを見つけた。『緑の黒髪』と呼ぶにふさわしい美しい髪が印象的で、人形のように整った顔立ちをしていた。彼女の名前が蝶子で、一応は晴臣の許嫁ということになっていた。記憶のなかの彼女は幼児だが、もう成人し社会人になったくらいの年頃だろう。

「覚えてはいますよ。彼女がどうかしましたか?」

 まるで他人事のような晴臣の口調に、百合は軽く肩をすくめる。
< 69 / 188 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop