冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
「おかえり、晴臣。元気そうで安心したわ」

 百合は旧士族の家系から有島家に嫁いできた生粋のお嬢さまで、おっとりのんびりしているが、いざというときの肝の据わりっぷりはなかなか見事だ。
 十数年前、晴臣の父である高志の愛人がこの家に押しかけてきて暴れたことがあったが、彼女は今とまったく同じにこやかな笑みで淡々と応対していた。晴臣は米国で、優秀で逞しい女性を多く見てきたが、百合より強い女性にはいまだかつて会ったことはない。

「それにしても、わざわざマンションなんて借りなくてもここに住めばよかったのに」

 晴臣は帰国にあたり、有馬家と付き合いのある不動産業者に頼んで、今後の職場となる病院近くにマンションを借りていた。松濤と有馬総合病院のある目黒はすぐ近くなのだが……十四歳で家を出た晴臣にとって今さら実家で暮らすのは窮屈でしかない。目黒辺りは単身暮らしに最適なマンションがいくらでもあるし、そちらのほうが気楽だった。

「すぐに急患に対応できる場所にいたいので」

 そう、表向きの理由を百合には伝えた。

「でも、今夜くらいは泊まっていきなさいな。高志さんも今後のことを相談したいと言っていたし」
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