破滅エンド回避のため聖女を目指してみたら魔王様が溺甘パパになりました
記憶を取り戻してから、一ヶ月の月日が経った。
古城(ここ)での生活にも、だいぶ慣れてきた。たまに孤児院のみんなのことを思い出し、私がいなくても仲良くやっているか不安になるけれど……今は誰かの心配ができる立場じゃない。
魔法に関しても、グレンとの勉強でだいぶ理解してきた。
この世にはあらゆる属性の魔法があり、それらはおもに火、水、風、土、雷に分けられている。その他の特殊属性の魔法もあるが、一般的にはこの五つだ。
そして、魔族――ここで言う、お父様やグレンは、これらの魔法が基本的に全種類使える。理由は、人間よりもずっと魔力が高いからだ。
人間の魔法使いは、ひとつの魔法のみに特化しているものがほとんどで(風魔法使い、水魔法使いなど)、魔族のように、全種類の魔法を使えるものはほぼいない。
火、水、雷、風、土の中から、二種類以上の魔法を使えると、人間だとかなり優秀と言われている。
基礎属性の魔法をすべてを使いこなせる人間の魔法使いは、百年に一度と言われるほどだ。……ゲームではクリスタが、その〝百年に一度の逸材〟だった。アイラは三種類は使えていた気がするが、それだと五種類使えるクリスタの足元にも及ばないってわけだ。
特殊属性の光魔法は、加護を受けた聖女しか使えない稀な方で、これは魔族も使えない。かわりに、魔族は闇魔法を使えるものが存在する。
闇魔法は破滅や破壊を招く危険なもので、人々は魔族の闇魔法を恐れている。お父様は闇魔法を使える能力を持っていたが……その能力は、オリヴィアによって現在封印されている。
そんなお父様のスパルタ指導も、変わらず続いていた。
お父様はなんとしてでも、私に五種類の魔法を会得させたいようだ。聖女として、フォーチュンに選ばれるために。
最初の一週間は、失敗するとお父様から浴びせられる罵声や、ただただ奴隷のように搾り取られて行く体力に限界を感じ、逃げ出したくなることもあった。いくらがんばろうと思っても、気持ちが追いつかないことも度々あった。
しかしそのたび、執務室で氷漬けになり粉々に砕けた花を思い出し、逃げることを踏みとどまった。
加えて、私の元気がなくなると、お父様は必ずこう口にするのだ。
『聖女になれば、人間たちからも尊敬されるだろう』
『聖女になったら自由にする。今後の人生に必要なものは、俺がすべて用意してやる。二度とお前には関わらない』――と。
言葉巧みに、私の気持ちを揺さぶっていることにすぐに気づいた。その言葉を信じ、アイラはずっと頑張り続けたに違いない。にも関わらず、あんなひどい結末。……制作陣、アイラになにか恨みでもあったの!?
悪役令嬢のうえ、背景が重すぎる。クリスタ目線だとどこか他人ごとに思えてたけれど、本人になって初めて、アイラの苦労が痛いほどわかった。
「あ、おはようスモモ。今日こそそのもふもふの毛、触ってもいい?」
「グルルル……! ガウッ!」
レッスン前、私はいつも古城の前にいる魔物に声をかけていた。
ここで長く暮らすからには、魔物ともコミュニケーションをとったほうがいいと考えたからだ。
この子は犬型のガルムという魔物の子供だと、この前グレンに教わった。見た目が赤紫なので、勝手にスモモと名付け呼んでいる。
私は犬が好きなので、いつもスモモを撫でたい衝動に駆られていた。今のとこ、威嚇されるのみで一度も触れることはできていない。
「ギャァ!ギャァ!」
「もう! もうちょっと静かにしてっ! せっかくかわいい見た目してるんだから、鳴き声もかわいくしたほうがいいよ!」
「……ギャァ」
おなじみの、毎度うるさい鳴き声を響かせるカラスには、毎日一方的に注意をしていた。注意後はおとなしくなるが、すぐにまた耳障りな声で鳴きだすのだから困ったものだ。
あれも魔物の一種だろう。ふつうのカラスよりサイズが大きいし、見た目が狂暴的に見える。だけどもかわいいと言ってるのは、ただ単に私にはあれがかわいく見えるからだ。お父様に比べたら、動物の姿をした魔物などみんな愛らしくみえる。
「今日はお前に言っておきたいことが――」
魔物より遥かに恐ろしいお父様が、レッスン開始前に口を開いた。
「……私、風と土に弱いですよね」
なにを言われるのかだいたい察しがついていたため、自己申告する。自分でもやりながら気づいていた。私は風魔法と土魔法が苦手なことに。
ゲームのアイラが会得できていたのは、火、水、雷の三種類だったのだろう。風魔法と土魔法を教わるとき、いつも時間がかかり、お父様の手を煩わせていた。そろそろ注意されると思っていたところだ。
「……気づいていたのか」
驚いたのか、お父様は目を丸くした。私の予想は、どうやら当たっていたみたい。
「はい。だから、このふたつをメインにがんばろうと思います」
ゲームでのアイラは、何度やってもうまくいかなくて投げ出したのか、風魔法と土魔法を会得できていないままだった。私には向いていない属性の魔法なのだと思う。だけど、努力すれば絶対に身に着けられるはずだ。身につけなくては、天才のクリスタには勝てない。
「そうだな。お前にしてはいい心がけじゃないか。指摘される前に自ら気づき、実行する。それができるやつは、大人でも多くはない」
は、初めて褒めてもらえた! それに、少しだけど笑った!
些細なことがうれしくて、だらりと表情筋が緩む。
「……なんだその情けない顔は。そんなまぬけヅラを俺に向けるな」
そんなに嫌悪感むき出しにするなんて、どれだけのまぬけ顔をしていたのかとへこみつつ、私は思ったことを素直に伝える。
「おとうさまが褒めてくれたことがうれしくて……」
えへへ、と恥ずかしさを隠すようにはにかむと、むっとしていたお父様の表情が心なしか和らいだ。
「な……! 褒めてなどいない! うぬぼれるな!」
あれ? なんだかお父様の顔が赤くなってるような……。
「まっすぐなお嬢様の眼差しとまぶしい笑顔に、どうやらジェネシス様は照れてしまっているようですね」
私たちのやりとりを見ていたグレンが、状況説明するように言った。
「黙れグレン。俺はそんなに甘くない」
「おとうさま、ほっぺがいちごみたいになってますよ。甘くておいしそう!」
「う、うるさいと言っているだろう! だいたい、甘いとはそう言う意味で言ったんじゃない。それに、だとしたらお前のほうが――」
「……私?」
私のほうがなんだろう? コテンと首を傾げると、お父様が自分の手で自分の口を素早く塞いだ。……失言でもしかけたのかな?
「お嬢様のほうが、いちごのようなかわいらしい頬をしている、とジェネシス様は言いたかったようです」
「グレン! さっきからいい加減にしろ! 勝手に俺の代弁をするな!」
「すみません。口が勝手に動いてしまって」
お父様に怒鳴られているが、グレンはまったく反省していないように見えた。
――なんだか、今とってもいい雰囲気?
初めてお父様と同じ空間で、こんなに穏やかな時間が流れている気がする。魔法以外の話をしてくれたのも初めてだ。
一ヶ月がんばり続けた甲斐あって、やっとかすかな光が見えてきた。
古城(ここ)での生活にも、だいぶ慣れてきた。たまに孤児院のみんなのことを思い出し、私がいなくても仲良くやっているか不安になるけれど……今は誰かの心配ができる立場じゃない。
魔法に関しても、グレンとの勉強でだいぶ理解してきた。
この世にはあらゆる属性の魔法があり、それらはおもに火、水、風、土、雷に分けられている。その他の特殊属性の魔法もあるが、一般的にはこの五つだ。
そして、魔族――ここで言う、お父様やグレンは、これらの魔法が基本的に全種類使える。理由は、人間よりもずっと魔力が高いからだ。
人間の魔法使いは、ひとつの魔法のみに特化しているものがほとんどで(風魔法使い、水魔法使いなど)、魔族のように、全種類の魔法を使えるものはほぼいない。
火、水、雷、風、土の中から、二種類以上の魔法を使えると、人間だとかなり優秀と言われている。
基礎属性の魔法をすべてを使いこなせる人間の魔法使いは、百年に一度と言われるほどだ。……ゲームではクリスタが、その〝百年に一度の逸材〟だった。アイラは三種類は使えていた気がするが、それだと五種類使えるクリスタの足元にも及ばないってわけだ。
特殊属性の光魔法は、加護を受けた聖女しか使えない稀な方で、これは魔族も使えない。かわりに、魔族は闇魔法を使えるものが存在する。
闇魔法は破滅や破壊を招く危険なもので、人々は魔族の闇魔法を恐れている。お父様は闇魔法を使える能力を持っていたが……その能力は、オリヴィアによって現在封印されている。
そんなお父様のスパルタ指導も、変わらず続いていた。
お父様はなんとしてでも、私に五種類の魔法を会得させたいようだ。聖女として、フォーチュンに選ばれるために。
最初の一週間は、失敗するとお父様から浴びせられる罵声や、ただただ奴隷のように搾り取られて行く体力に限界を感じ、逃げ出したくなることもあった。いくらがんばろうと思っても、気持ちが追いつかないことも度々あった。
しかしそのたび、執務室で氷漬けになり粉々に砕けた花を思い出し、逃げることを踏みとどまった。
加えて、私の元気がなくなると、お父様は必ずこう口にするのだ。
『聖女になれば、人間たちからも尊敬されるだろう』
『聖女になったら自由にする。今後の人生に必要なものは、俺がすべて用意してやる。二度とお前には関わらない』――と。
言葉巧みに、私の気持ちを揺さぶっていることにすぐに気づいた。その言葉を信じ、アイラはずっと頑張り続けたに違いない。にも関わらず、あんなひどい結末。……制作陣、アイラになにか恨みでもあったの!?
悪役令嬢のうえ、背景が重すぎる。クリスタ目線だとどこか他人ごとに思えてたけれど、本人になって初めて、アイラの苦労が痛いほどわかった。
「あ、おはようスモモ。今日こそそのもふもふの毛、触ってもいい?」
「グルルル……! ガウッ!」
レッスン前、私はいつも古城の前にいる魔物に声をかけていた。
ここで長く暮らすからには、魔物ともコミュニケーションをとったほうがいいと考えたからだ。
この子は犬型のガルムという魔物の子供だと、この前グレンに教わった。見た目が赤紫なので、勝手にスモモと名付け呼んでいる。
私は犬が好きなので、いつもスモモを撫でたい衝動に駆られていた。今のとこ、威嚇されるのみで一度も触れることはできていない。
「ギャァ!ギャァ!」
「もう! もうちょっと静かにしてっ! せっかくかわいい見た目してるんだから、鳴き声もかわいくしたほうがいいよ!」
「……ギャァ」
おなじみの、毎度うるさい鳴き声を響かせるカラスには、毎日一方的に注意をしていた。注意後はおとなしくなるが、すぐにまた耳障りな声で鳴きだすのだから困ったものだ。
あれも魔物の一種だろう。ふつうのカラスよりサイズが大きいし、見た目が狂暴的に見える。だけどもかわいいと言ってるのは、ただ単に私にはあれがかわいく見えるからだ。お父様に比べたら、動物の姿をした魔物などみんな愛らしくみえる。
「今日はお前に言っておきたいことが――」
魔物より遥かに恐ろしいお父様が、レッスン開始前に口を開いた。
「……私、風と土に弱いですよね」
なにを言われるのかだいたい察しがついていたため、自己申告する。自分でもやりながら気づいていた。私は風魔法と土魔法が苦手なことに。
ゲームのアイラが会得できていたのは、火、水、雷の三種類だったのだろう。風魔法と土魔法を教わるとき、いつも時間がかかり、お父様の手を煩わせていた。そろそろ注意されると思っていたところだ。
「……気づいていたのか」
驚いたのか、お父様は目を丸くした。私の予想は、どうやら当たっていたみたい。
「はい。だから、このふたつをメインにがんばろうと思います」
ゲームでのアイラは、何度やってもうまくいかなくて投げ出したのか、風魔法と土魔法を会得できていないままだった。私には向いていない属性の魔法なのだと思う。だけど、努力すれば絶対に身に着けられるはずだ。身につけなくては、天才のクリスタには勝てない。
「そうだな。お前にしてはいい心がけじゃないか。指摘される前に自ら気づき、実行する。それができるやつは、大人でも多くはない」
は、初めて褒めてもらえた! それに、少しだけど笑った!
些細なことがうれしくて、だらりと表情筋が緩む。
「……なんだその情けない顔は。そんなまぬけヅラを俺に向けるな」
そんなに嫌悪感むき出しにするなんて、どれだけのまぬけ顔をしていたのかとへこみつつ、私は思ったことを素直に伝える。
「おとうさまが褒めてくれたことがうれしくて……」
えへへ、と恥ずかしさを隠すようにはにかむと、むっとしていたお父様の表情が心なしか和らいだ。
「な……! 褒めてなどいない! うぬぼれるな!」
あれ? なんだかお父様の顔が赤くなってるような……。
「まっすぐなお嬢様の眼差しとまぶしい笑顔に、どうやらジェネシス様は照れてしまっているようですね」
私たちのやりとりを見ていたグレンが、状況説明するように言った。
「黙れグレン。俺はそんなに甘くない」
「おとうさま、ほっぺがいちごみたいになってますよ。甘くておいしそう!」
「う、うるさいと言っているだろう! だいたい、甘いとはそう言う意味で言ったんじゃない。それに、だとしたらお前のほうが――」
「……私?」
私のほうがなんだろう? コテンと首を傾げると、お父様が自分の手で自分の口を素早く塞いだ。……失言でもしかけたのかな?
「お嬢様のほうが、いちごのようなかわいらしい頬をしている、とジェネシス様は言いたかったようです」
「グレン! さっきからいい加減にしろ! 勝手に俺の代弁をするな!」
「すみません。口が勝手に動いてしまって」
お父様に怒鳴られているが、グレンはまったく反省していないように見えた。
――なんだか、今とってもいい雰囲気?
初めてお父様と同じ空間で、こんなに穏やかな時間が流れている気がする。魔法以外の話をしてくれたのも初めてだ。
一ヶ月がんばり続けた甲斐あって、やっとかすかな光が見えてきた。