破滅エンド回避のため聖女を目指してみたら魔王様が溺甘パパになりました
 数週間後。
「おはよう! スモモ!」
「クゥン!」
 頑なに触らせてくれなかった身体を、スモモは押し付けるようにして飛びついてくる。今では撫でてもらうのを、今か今かと待ちわびているようだ。
「カァ! カァ!」
「うん、いい感じ! 今の鳴き方のほうが、ずっとカラスらしくていいわ!」
 スモモのお腹を撫でていると、いつものカラスが頭上をくるくる回りながら鳴き声を上げた。最初のように、耳障りな声はなくなった。
 毎日しつこく話し続けただけあって、魔物たちもだんだんと心を開いてくれたみたい。ここでは同年代の人間がいないので、魔物と遊ぶことは私にとって楽しみな時間になっていた。
 レッスンの休憩中にも魔物とじゃれ合っている私を見て、お父様が『いつの間に魔物たちを手なずけたんだ!?』と驚愕していたのは、つい先日の話だ。
 レッスンも順調に進んでいる。
 お父様も、以前よりはスパルタではなくなった――いや、レッスン自体はスパルタには違いないが、私を見る目が、前ほど厳しくないように感じる。
 しかし、つれない態度は健在で、なによりいちばん気になっていることがある。
 それは……お父様が、私とほとんど目を合わせてくれないことだ。
「おとうさま。私にどこか気に食わないところがありますか?」
「……なぜそんなことを聞く?」
「だって、おとうさま、私と目を合わせてくれないから」
 意を決して、私はレッスン後、お父様に直接聞いてみた。お父様からの返答は、意外なものだった。
「お前の……瞳の色が気に食わない。その目で見られると、どうしても逸らしたくなる」
「色?」
「ああ。その翡翠の瞳。……憎きあの女の目とそっくりだ」
 いやなことを思い出したのか、お父様はそう吐き捨てると、早足で古城の中へと戻って行ってしまった。
 ――あの女って、オリヴィアのことよね。
たしかに、オリヴィアも同じような目の色をしていた。なんで瞳が翡翠色のキャラをふたりも作ったのよ! キャラクターデザイナーは! しかもよりによって、お父様が大嫌いなオリヴィアと被るなんて!
 どこにもぶつけようのない怒りを、心の中でひとり叫んで発散する。
 翡翠色の瞳のままでは、このままずっと、まともに目を合わせてくれないかも……。それは困る。だって、目で語るって言葉もあるくらいだ。視線を交わすことは、心を通じ合わせることに必要不可欠! って、私は思うのだけれど。
 なにか、いい案はないだろうか……そうだ!
「――っていうわけで、目の色を変えたいの。おとうさまの魔法ならできるかな?」
 翡翠色の瞳は、魔法で別の色に変えてしまえばいい。
 そう思い、さっそくグレンに相談してみた。
「しょ、正気ですかお嬢様。……ジェネシス様の魔法なら、可能だとは思いますが……」
「できるのね! だったら今すぐ、おとうさまに頼んでみる!」
「ちょっ、お嬢様! アイラお嬢様!」
 可能なら話は早い。私ははやる気持ちを抑えきれず、グレンの呼びかけも無視して執務室へと走った。
 自ら執務室へ行くのは、初めに挨拶に行ったあの日以来だ。
 あの時よりは距離は縮んだと思う。だけど、執務室に入れてくれるかどうかはわからない。
 ノックして拒否られるくらいなら……えーいっ! 勝手に入っちゃえ!
 鍵がかかっていたらおわりだが、幸運なことに、執務室の扉に鍵はかけられていなかった。
「失礼しますっ! アイラです! おとうさまに頼みごとがあってきました」
 勝手に入ったことを怒られる前に、私は〝頼み事がある〟という用件を先に伝えた。突然の事態にお父様は眉をひそめたが、怒って私を追い返すことはなかった。
「……勝手に俺の部屋に入るなんてどういうつもりだ。まさか、グレンがいいと言ったのか」
「へっ? えぇっと、はい。グレンにおとうさまに会いに行っていいか聞いたら、いいって」
「あいつ、勝手なことを……」
 嘘です。グレンはなにも言ってません。ごめんなさい。
 でも今はこの場をうまくやり過ごすために、これくらいの嘘は許してもらいたいところだ。あとでグレンがお父様に叱られたら、その時はちゃんとグレンに謝ろう。
「頼みごとがあると言ったな。魔王の俺になにかを頼むとは、いいご身分だなと言いたいところだが……。話ぐらいは聞いてやる」
 いいご身分もなにも、いちおうあなたの娘なんだけどね。
 この話をしている今だって、お父様は私と目を合わせようとはしない。
「おとうさま、私の目の色がいやだって言いましたよね。だから、おとうさまの魔法で私の目の色をべつの色に変えてほしいんです」
「……なんだと?」
 あ、やっと目が合った。……改めて見ると、お父様の目ってきれいだな。赤い目って人間でも見たことがないし――決めた。
「私の目を、おとうさまと同じ赤色にしてください!」
 瞳が同じ色って、本当の親子みたいだ。我ながら、いい案だと思う。
「自分がなにを言っているかわかっているのか」
「え? だめですか? それともおとうさまの魔法じゃあ、変えることはできない?」
「そうじゃない。……赤色の瞳は魔王族の証。そんな瞳にしたら、お前は人間に見られなくなるぞ」
 ……なんだ。そんなことか。べつに気にしない。魔王族がどうとか、人間がどうとか、そんなことはどうでもいいのだ。ひとりで自由に生きていく気もない。できることなら私は、人間とも、お父様たちとも仲良くしあわせに暮らしたい。
 それに、冷徹だと思っていたお父様が、私を気遣うような発言をした。これだけでも大きな進歩だ。魔法を一生懸命がんばる姿勢を、お父様は少なからず認めてくれていたのかもしれない。
「かまいません。私、おとうさまと目を合わせられないことのほうがいやだから」
 ついでに、アイラのキャライラストを見た時から、髪色と瞳の色があんまり合ってないと思ってのよね。赤色のほうが、絶対今よりかわいい~!
 のんきなことを考えながら、私はお父様に頼み込んだ。お父様は困惑していたが、私の必死の頼みが効いたみたいだ。
「……翡翠の瞳はあまり見ていて気分がいいものではなかった。それを変えていいと言うのなら、お望み通り変えてやろう。だが、赤い瞳になったからには、アルバーン家の誇りにかけて、必ず結果を出せ」
「はい。わかりました!」
「赤い瞳が聖女のハンデになるならば、また俺の魔法で変えればいいしな」と、お父様はサラリと言った。そんなに何度も目の色を変えるつもりはないんだけれど。
 ……というか、いつでも変えられるなら、さっきの心配はいらなかったんじゃ?
 もしかすると、お父様は私を試したのだろうか。人間でなく魔王族として見られることに、私がどんな反応を示すのかを。
「そのまま目を開けていろ」
 指示通り、大きく目を開けてお父様を見つめた。
「……完成だ」
 スッと手をかざし終え、お父様は言った。そばにある鏡で確認すると、翡翠の瞳は一瞬にして赤色に変わっていた。
「うわぁ……!」
 歓喜のため息が漏れる。
 想像通り! アイラは赤い瞳のほうが似合うわ! それに――。
「こっちのほうが気に入りました! だって、おとうさまとおそろいだもん!」
「俺と同じが、そんなにうれしいか?」
 きゃっきゃっとはしゃぐ私を、お父様は不思議そうに見つめた。もう、目を逸らすことはしないようだ。
「はい。強そうだし、とってもすてき! 私、もっと魔法を極めて、お父様みたいなかっこいい魔王になりたい!」
 ついそんな言葉が出てきた。でもこれは、たしかに私の本心だった。
「……なにを言っている。お前がなるのは魔王じゃなくて聖女だろう」
「あっ、そうだった!」
「……ふっ」
 あきれたように、でもどこかうれしそうに、お父様は笑った。
 このとき、私はちょっとだけ――お父様の心を動かせた気がした。これが私の思い上がりでないことを、心の中でひそやかに願った。
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