惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
17:伝えられなかった言葉
 あの時の恐怖が蘇り、私は足が(すく)んで動けなくなった。
 尋常じゃなく痛み出した左手の傷に、冷や汗が止まらない。

 嫌だ・・・痛い・・・痛い!!ここにいたくない!!!夢なら早く目を覚まして!!!

 目をギュッ閉じ必死に訴えかけるが、目を開けてもその光景は変わらない。

 次の瞬間、狼は倒れている私に向かって飛びかかった。
 大きく口を開き、剥き出しになったその牙が私の体に触れる直前、横から飛び出してきたルーカスが、狼の体にぶつかった。
 弾き飛ばされた狼は木に激突して横たわるが、またすぐに起き上がろうとしている。ルーカスも、ぶつかった反動で後ろへ飛ばされたものの、すぐに立ち上がって私を守る様に狼の前に立ち塞がった。

 手に持っていたナイフを構え、再びこちらを威嚇し始めた狼と対峙する。
 狼は再び力強く地を蹴ると、一瞬でルーカスの目の前に飛び出した。

「ルーカス!!危ない!!」

 私はルーカスに向かって叫ぶが、当然声は届かない。

 だがルーカスは冷静だった。
 足元の荷物を持ち上げ、盾のように構えて狼の攻撃をガードした。とはいえ、飛びかかった狼の力は強く、ルーカスはそのまま後ろへ押し倒された。
 だが、荷物に勢い良く噛みついた狼は、牙が荷物にくい込み動きが鈍くなっている。その隙に、ルーカスはその首元へナイフを思い切り突き刺した。
 狼は小さく吠え、ひっくり返る様に地面に倒れ、もがき苦しんでいる。そこへルーカスは歩み寄り、大きくナイフを振り上げ、その体目掛けて一直線に突き立てた。

 ザシュッッ!!

 狼の体は1度ビクンッと跳ね上がった後、段々と動きが鈍くなっていく。
 ルーカスはハァッハァッと呼吸を荒らげたまま、両手でナイフを強く握りしめている。やがて狼の動きが完全に止まり、息絶えた事を確認して、手を離して立ち上がった。

 ルーカスの足元はガクガクと震えている。
 無理もない。12歳の少年がたった1人で凶暴な狼と戦ったのだから・・・。
 その恐怖は凄まじいものだっただろう。
 私も実際にこの場所にいたから、その恐ろしさはよく分かっている。

 それを・・・たった1人で、1本のナイフで倒してしまうなんて・・・。
 
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