惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
「エリーゼ・・・エリーゼ・・・!」

 ルーカスはふらつきながら、倒れている私の元へ駆け寄った。
 自分の服の右腕部分を思いっきり破り、包帯の様に長細い布切れを作ると、血まみれの私の左手に巻き付けていく。

「エリーゼごめん・・・!俺がもっと早く動けていたなら・・・俺がもっと強かったら・・・!君にこんな傷を負わせる事なんてなかったのに!!俺が守らないといけなかったのに!!」

 私の左手の応急処置をしながら、ルーカスが流す涙がポタポタと私の手にこぼれ落ちる。
 ルーカスの手は震え、流れる涙は止まらない。

「エリーゼ・・・ごめん・・・ごめん・・・!!守れなくて・・・本当にごめん・・・!!」

 涙を流し、悲痛な叫びを繰り返すルーカスの姿が、痛々しくてとても見てられなかった。
 彼の悲しみが伝わってくる。
 胸が強く締め付けられ、息苦しくなる。

「ルーカス・・・」

 彼を呼んでも振り向いてくれない。
 私の声は、今の彼には届かない。

 やがて異変に気付き、駆けつけてきた大人達が私とルーカスの間に割り込む。1人の大人が私を背負って慌ただしく下山し始め、他の大人達も残っている子供達を連れて下山していく。
 
 ルーカスは1人、そこから動かずその場に佇んでいた。
 光を失ったうつろな瞳で・・・ただただ呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。
 
 青空はいつの間にか(よど)んだ雲で覆われ、ポツリポツリと雨が降り始めた。
 やがて雨は強さを増し、ルーカスを激しく打ち付ける。
 大粒の雨に打たれ、濡れた頬は彼が泣いているからなのか、雨で濡れているだけなのか分からなくなった。

「エリーゼ・・・すまない・・」

 かすれる声で、そう呟いたルーカスの後ろに歩み寄った。

 悲しみに暮れ、震えるその背中は、私よりもずっと小さい。
 私は両手を広げ、その背中を包み込む様にそっと抱きしめた。

 触れる事は出来なかった。
 何の感触もなく、私の手はルーカスの体をすり抜けていく。
 だけど、抱きしめずにはいられなかった。

 たった1人で狼に立ち向かい、打ち勝った少年は、自分の無力さにこんなにも深く傷付いていたのだから・・・。


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