惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 私は左手の手袋を外し、小指の無い左手をルーカスに見せるように差し出した。
 ルーカスはそれを見て、一瞬悲しむ様な顔を見せたが、すぐにグッと唇を噛み締め、私の左手を両手で優しく包み込み真剣な顔で私を見つめた。

「エリーゼ・・・本当にすまなかった・・・俺があの時ちゃんと守れていれば・・・」

「待ってルーカス。私が聞きたいのはそんな言葉じゃないの」

 謝罪を告げるルーカスの言葉をさえぎるように私は口を挟んだ。

「ルーカス・・・私が気を失った後、1人であの狼と戦って、私を守ってくれてたんでしょ?」

「・・・!!・・・違う・・・守られたのは俺の方だ。俺はエリーゼを守れなかったんだ・・・」

「ルーカス・・・そんなに悲しい顔をしないで。ルーカスに守られていなかったら、私は今ここにはいないはずよ」

 私は今にも泣きそうになっているルーカスの顔を、包み込むように手を添えた。
 
 私達はずっと相手を傷付けないよう、辛い過去を思い出させないよう、お互いがあの記憶を封じていた・・・。心の傷に触れぬよう・・・そうやって相手を守っていた。

 だけどそれは間違っていた。
 お互いが傷を抱えたまま、それを見ないふりしていただけなんだ。
 そのせいで肝心な事に気付く事が出来なかった。

 私達はお互いに伝えなければいけない言葉があったんだ。

 私はルーカスに精一杯の笑顔を向けた。
 この言葉が、どうか彼の気持ちを軽くしてくれますようにと願いを込めて・・・。


「ルーカス・・・あの時、私を守ってくれてありがとう」


 私の言葉に、ルーカスはハッと目を見開いて固まった。

 やがてその目からは大粒の涙が次々と流れ落ちた。
 だけどその姿はずっと縛り付けられていた何かから解き放たれたかの様だった。
 澄んだ瞳でポロポロと流れる涙はとても綺麗だった。

 彼を罪の意識に縛っていたのは私。
 彼を解放してあげられるのは私だけだった。

 私は少しいたずらっぽく笑みを浮かべて、ルーカスの顔を覗き込んだ。

「ねえ、ルーカスも私に何か言うことがあるんじゃない?」

「・・・ああ・・・。そうだな・・・」

 ルーカスも、晴れた表情で優しい笑顔を私に向けた。

「エリーゼ・・・あの時、俺を守ってくれてありがとう」

 その言葉を聞いて、私も長い間苦しめられていた呪いが解けたかの様に心が軽くなり、自然と涙が零れた。

 そしてルーカスに笑顔で応えると、ルーカスの手によって体を引き寄せられ、そのまま強く抱きしめられた。
 私もルーカスの背中に手を回し、力の限り抱きしめた。


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