惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 そしてジルは何事も無かったかのように、再び穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

「あんなに頼りがいのあった君が、肝心な好きな子の前ではこんなにヘタレだったなんてね・・・。いやぁ、今晩はいい酒が飲めそうだな」

 クスクスと笑いだしたジルは、先程の声を荒らげていた男とは思えないほど優しい顔をしている。

「ジル・・・すまん。ありがとう・・・」
 
 俺だけでは気付けなかった大事な事を気付かせてくれた。 
 恐らく、俺が心の底からジルに感謝するのはこれが初めてだろう。

 ジルは俺の言葉に驚き、ポカンと口を開けて目を見張っている。

「ルーカス・・・本当にあの子の事が大好きなんだね・・・。・・・ていうか、君がずっと村で待たせていた子ってあの子なんだろ?」

「ああ、そうだ」

「手紙を渡したっていう?」

「ああ、渡した」

「おかしいな・・・彼女は手紙を受け取ってないって言ってたぞ」

「・・・なんだと・・・?」

 そんなはずは無い・・・。
 俺は手紙を持っていった・・・あの時、エリーゼの家には入れなかったから、彼女の家のポストにちゃんと入れた・・・。
 封筒に彼女の名前を書いたのを何度も確認した。
 それなのに・・・彼女は手紙を受け取っていない・・・?

 あの手紙には俺が首都へ行く事になった事とその理由・・・そしてエリーゼへの愛を綴り、いつか迎えに行くと・・・そう書き綴っていた。

 なのにそれが・・・エリーゼの手元に渡っていない・・・?

 だとしたら・・・。

「とりあえず早く彼女にちゃんと話してあげなよ?まあ、誰がどう見ても君達が両想いなのはよく分かるから大丈夫だろうけど」

「ああ・・・惚れ薬のおかげでな」

「・・・・・・は?」

「じゃあな。騎士団の奴らによろしくな」

 俺は一刻も早くエリーゼの元へ向かうため、扉を勢いよく開けて部屋を飛び出した。

「惚れ薬・・・?アイツ何言ってんだ・・・?」

 俺が去った後、部屋に残っていたジルが何か言った気がしたが、俺の耳にはよく聞こえなかった。

 エリーゼがあの手紙を読んでいないのならば、俺はエリーゼに何も伝えず突然姿を消した事になる・・・。
 なんてことだ・・・なんでもっと早く確認しなかったんだ・・・!!

 大事な事は、直接伝えなければならなかったのに・・・。
 俺達はお互いが傷付く事を恐れて大事な事を何も話せていない。

 エリーゼと話をしなければいけない。
 狼に襲われた日のことも、俺が首都へ行った目的も、あの日本当はエリーゼにプロポーズしたかった事も・・・ずっと・・・エリーゼが好きだった事も・・・。

 惚れ薬の力はもう使わない。

 エリーゼへの想いを、もう一度伝えよう。
 
 揺るぎない決意と共に、俺は執務室への扉に手をかけた。

 その先で、何が起きていたのかを知りもせずに・・・。
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