酔いしれる情緒
「………まあ、そうしてくれないと僕が困るんだけど」
「困る?」
「ああ、いえ。なんでもありませんよ。
こっちの話です」
なんて言う割には全然隠しきれていなかったし。
この人が困る理由、
もちろん気になって問い詰めようとしたものの
「あ。電話だ」
ここで橋本の携帯が鳴り、橋本はスピーディーにその電話に出ていた。
私はというと、
話を遮られてちょっと残念な気持ちに。
だって困らせたいじゃん。
今まで私を苛立たせてくれた分、そのお返しをしたい。
「あー、はいはい。その件は後日発表するって何度も言ったはずなんだけど。執拗いから再度待っとけって伝えといて。それから────」
口調はさっきまでと違って荒く、
顔からは笑みがなくなり、眉間に皺を寄せてどこか苛立っているような表情へと移り変わる。
初めて見るその姿に普段はこんな感じなんだと、その意外さを感じた。
(社長というか……マネージャーというか)
ほんと社長っぽくないよな、この人。
芸能事務所の社長がどんなことをしているかなんて知りっこないけど、そうであってもこの人から社長感を感じられない。
なんでだろう、年齢が近そうだからか?
少ししてレジの方から「安藤さーーん!!!」と、大きな声でそう叫ぶ慎二くんの声が聞こえた。
やばっ。レジ混んでたかな。
少し焦るも、見た感じその気配はなし。
だけど慎二くんと目が合えば手を上下に振って私を呼んでいる。
その様子に軽く返事をして立ち上がると、今度は電話中の橋本と目が合った。
眉間の皺は、もうない。
「………、…失礼します」
邪魔にならない程度の小さな声でそう告げれば、橋本の顔に笑顔が浮かぶ。
そしてひらりと軽く手を振り、口パクでこう言っていた。
『では、また。』
と。
どうやら、『また』があるらしい。
今度はいつ私の前に現れるのか。もちろんこの人の事だから分かるわけがないし(別に知りたくないけど)
『今はまだ、嘘か本当か分からない情報に惑わされずもう少し彼を信じて待ってみるのもアリかと。』
この人の言う通りにするのもなんだかムカつく、けど。
「これなんすか?名刺?
いらないなら使っていいっすか?
ちょうどオレンジ色の紙探してたんすよね~」
「ダメ。」
もう少しだけ
その世界との関わりを残していようと思う。