酔いしれる情緒
入口付近の場所にはそれを置くスペースが用意されていた。
店主がテキパキ動いていたのはこれを準備していたからなのだと知る。
(あれ……カッターどこ置いたっけ)
エプロンのポケットに入っているはずが無く、荷物を置いて一度カウンターへと戻る。
文房具が入ってある引き出しをガチャガチャと触っていると、慎二くんが細長い筒状のものを片手に私の元へやってきた。
「安藤さーん。なんか店長がこのポスター外に貼ってきて欲しいって言ってるっすよ」
「私が?」
「みたいっす。よく分かんないけど、安藤さんこういうの上手いからって」
その言葉には自然と眉根が寄った。
ポスター貼るのに上手い下手とかないだろ。と。
しかもさっき私仕事振られたばかりだぞ。
やっぱりどこかぬけている店主は誰が今何の仕事をしているのか把握していないらしい。
「はぁ……まぁ分かった。
じゃあ慎二くんはあの続きお願い」
「了解っす~」
慎二くんからポスターを受け取り、そのままの服装で外に出る。
外の冷気が身体中に触れるとスグに体が震えた。
(とっととおわらせよっと…)
徐々に身体が冷えて悴む手。
思うように動かない手で入口近くに貼っていく。
そして徐々に見えてくるポスターの全容。
それは今日発売のとある雑誌の表紙で。今流行りの人なのか、私がこれを貼っている間もこのポスターに反応する人がチラホラいた。
(……そういえば、)
最近、一ノ瀬櫂が表紙の物あまり見かけないな。
あの頃は……本屋の至る所にいたのに。
壁にも本棚にも、カウンターの上にも。
見渡せばそこら中にいた。
それは本屋だけに留まらず、
駅前の大きな画面にも、どデカい広告パネルにだって。
まるで街中をジャックしたかのようにその姿があった。
だけど、今は、実家で見たあのCMくらいしか目の当たりにしていない。
私がテレビを見なさすぎるからそう感じるのかもしれないけど。
だとしても、こんなに姿を見なくなるなんて。
(それって、やっぱり)
過去に橋本さんが話していたこと。
『女の影があるということが公に広まれば他社と契約した仕事全てに穴を開けてしまうかもしれない。』って。
熱愛が出ている今の彼にはそれが当てはまるから。