酔いしれる情緒


心なしか顔に熱が帯びている気がして小さく息を吐く私。



口から出る息は空気中に触れると白くなる。



店から連れ出された時とは違い、春は私を抱えたままゆっくりと歩き始めた。



目が会えば、春は優しく微笑んで

私の額に軽いキスを落とす。




ダメって言ったのに……こういうことする。




だけど一切抵抗せずにこの行為を許してしまった私も、だいぶ甘くて。



進む度にまた潮の香りが鼻腔をくすぐり、

聞こえる音は波の音でいっぱいになる。




聞かなくたってここがどこか分かる。




『春』という名前を教えてもらった所。



たぶん、その時の場所だ。





波際まで近づくと春はそこで私を降ろした。



ここまで割と距離があったはずなのに疲れた様子は一切見せなくて。



私の肩に掛かった上着を整えると、
春は私の顔を覗き込んで言った。





「ここなら、いい?」


「…………………」





確認なんて取らないで欲しい。



するなら何も言わずにして欲しいし、
人気のない場所ならいいって言った。



だから春は私をここに連れてきたわけで。





「…………いいよ」





なのに確かめてくるのは

きっと私の恥ずかしがる姿を見たいから。




顔が半分くらい隠れてて良かったと今になってこのマフラーの大きさに有難みを感じた。が、





「えっ。まって、取るの?」


「うん。 取らないとできないじゃん」


「そう、だけど……」





おかしなことを言ってしまった。



マフラーのおかげで少しばかり安心感があったというのに、春はそれを解こうとする。




春の言う通りだ。



口元を覆い隠しているこれは

今からする行為に邪魔でしかないんだから。




ドキドキと高鳴る胸はするりするりとマフラーが解かれていく度に激しさを増すばかり。




初めてなんかじゃない。



今まで何回も数え切れないほどに

唇を触れ合わせたというのに


毎度、初めての頃のような

そんな感覚でいっぱいになる。


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