酔いしれる情緒


「…………、………?」





来るはずの感覚が一向になくて


怪訝に思った私は薄らと目を開けてみる。



春の顔はスグ目の前にあって一瞬息が詰まってしまうけど、その綺麗な瞳は違う方を向いていた。





「春?」





そう呼びかければ

どこかに向いていた瞳が私に向いて





「タイミング悪いなー…」


「え? わっ…」





言って、春は再び私にマフラーを巻き付けた。



とても器用に、また私の顔が半分くらいまで隠れるように。





「なに……しないの?」





そう聞くのもなかなか気恥しいけど

なんだか聞かずにはいられなくて。



春は私の頭を優しく撫でると耳元に口を寄せてこう言った。





「後ろ、振り向かないでね。」


「え、なんで」


「アイツらが見てる」


「アイツらって?」


「車で追いかけて来たヤツらだよ」


「!?」


「思ってたよりも早かったなぁ。」





そんなことを言う割に焦っている様子はなし。





「でもまあ…


やっと環境は整ったわけだし、

そろそろ本題に入ろうか」





本題とは一体なんのことやら。




後ろを向くなと言われては


もう前だけしか見ることが出来なくて


私は真正面から春を見つめる。




春も私を真正面から見つめていて





「俺ね、俳優なんだ。」





唐突にそんなことを言う。


< 315 / 325 >

この作品をシェア

pagetop