酔いしれる情緒
「……知ってるけど」
「一ノ瀬櫂って名前で俳優してる」
「(それも知ってるし)」
なんでまた急に?
自己紹介?今更?
怪訝に思っていると私の左手は春によって優しく包み込まれた。
「職業柄、普段もこうやって付き纏われたりしてる。だから気を休められる時なんて数えられる程度で───それがちょうど今なんだ。」
「……アンタを狙う人達が後ろにいながら?」
冗談で言っているんだと思った。
だけど、違った。
「凛といる時だけが気を休められる」
さっきまでの余裕そうな表情はどこかに消え、真剣な眼差しを私に向けているから。
「俺、結構人気あるよ」
「………うん」
「知らない人はいないと思う」
「(自信満々だな…)」
「それくらい知名度があるから今後またああやって利用される可能性がないとは言いきれないし、
仕事上凛以外の人と触れ合うこともある。
それが俺の仕事だから。」
止まらずにハキハキと喋るその姿は
まるで何かの撮影のような、
私が見ているものは何かの物語みたいで
「だけど、信じて。
俺は凛だけを愛しているし、
どんな行為でも凛にだけ愛がある。」
目が逸らせなくて、見入ってしまう。
そしてポケットから何かを取り出すと
私が口を開く前に
春はそのまま私の左手、薬指に。
「この先何があっても
絶対に手放さないって誓うよ」
色素の薄い瞳が日差しによって更に輝きを増し、薬指には永遠を誓う証が形となって残る。
私はそのリングに見惚れるよりも
目の前のこの男、強引に結婚を進めてくるようなヤツに見惚れてしまうのだ。
ほんと……不思議だと思う。
その瞳に見つめられるとお酒を何杯か飲んだ後のように頭がポーっとしては思考がゼロに。
春の色気に酔って頭が回らない。
だから、自分自身が今から何をしようとしているのかさえも分からなくて
無意識に春に向かって伸びた両手が
両頬からゆっくりと首筋へおりて
厚い胸板を触り、
背中に手を回して抱きついたことさえも
全部無意識だった。