海とメロンパンと恋


「柚真と喧嘩したのか」


「・・・初めて兄妹喧嘩をしました」


「柚真も腑抜けになってる」


「・・・そうなんですね」


「俺も柚真も胡桃が居ないと無理だ」


「・・・」


「帰って来ないのか」


「帰る?」

私にとっての帰る場所は此処なのに


「俺が側に居て欲しい」


「・・・桐悟さん」


「胡桃は俺が嫌いか?」


大人の桐悟さんの言葉選びは狡い
嫌いな訳がない


「今のは俺が狡いな」


「・・・はい」


「胡桃、少し痩せたか」


「・・・っ」


桐悟さんの視線が海から私に移った途端


四時起きでパンをひたすら焼いて
お昼寝という名のガッツリ寝をして
起きたまま此処に来たことを思い出した


「あ、あの、あまり、見ないでください」


「どうして」


今日に限ってどうでも良い格好とか
恥ずかしくて泣けてくる


「頑張ってる胡桃も綺麗だ」


恥ずかしさも分かった上で褒めてくれる桐悟さんの優しさに


今度は嬉しくて涙が出る


「泣き虫は変わらねぇな」


「・・・は、い」


涙を拭ってくれる長い指を
避けることなく受け入れる


「胡桃」


「はい」


頬に触れたままの桐悟さんの指は
ゆっくり滑って唇に触れた


久しぶりのその感覚に
心臓が口から飛び出してきそう


人一人分空いた距離を忘れそうになる程


桐悟さんが近くに思えて

昂る感情に止まらない涙で景色が揺れた


「胡桃、好きだ」


「・・・」


二度目のそれは波の音も聞こえなくなるくらいの破壊力があって


桐悟さんから目が離せない


「何年かかっても、何度でも言う
俺は胡桃を好きでいることを諦めない」


強い意志を持った三白眼は
私の気持ちを見抜いているかのように鋭くて





その鋭さに



ゆっくり積み上げた壁が崩れ落ち




一気に気持ちが溢れてきた





















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