海とメロンパンと恋


「待ってくださいっ」


「ん?どうかしたのかな?」


「どうかしたのはお婆ちゃん」


引っ込めた左手に触れると

さっきより顔が歪んだ


「もしかしたら」


尻餅をついた時に支えた手首を怪我したのかもしれない


「あの、ちょっと待ってくださいね」


慌ててポケットから携帯電話を取り出すと
迷わずお兄ちゃんの名前をタップした


(もしもし、胡桃、どうかしたのか)


こんな時は分かりやすいお兄ちゃんが役に立つ

「あのねっ、公園に居るんだけど
牛若丸に驚いたお婆ちゃんが転んじゃって
その時に手首を怪我しちゃったかもしれないのっ」


一気に捲し立てると


「すぐ行く」と電話は切れた


「お嬢ちゃん、アタシは平気だから
気にしないでワンちゃんを散歩してあげて」


「あのね、お婆ちゃん
私のお兄ちゃんそこの病院で働いてるの
だから診てもらおう、ねっ?」


懇願するように話しかけると


「・・・申し訳ないねぇ」


眉を下げて頷いてくれた


「胡桃っ」


あっという間に到着したお兄ちゃんは
診察のままの白衣姿で


「あら、イケメン」なんて


お婆ちゃんは素直に背負われた


私はお婆ちゃんの荷物と牛若丸を連れてお兄ちゃんの後を追いかけ


事情を話して病院の裏口で守衛さんに牛若丸を預けると


お兄ちゃんの診察室まで走った


お昼休憩の時間だったこともあり
レントゲンもスムーズに撮影出来て

骨には異常無し
痛みの原因は手をついてしまったことによるものだった


「では柿倉さん、湿布と痛み止め
サポーターをお出ししますから
二、三日様子を見てください
もし、痛みがあるようならすぐ連絡してくださいね」


お兄ちゃんは携帯番号を書いたメモ用紙を手渡した


お婆ちゃんの名前は柿倉千代子《かきくらちよこ》さん


公園近くに住む七十歳だという


「胡桃、送れるか?」


「うん」


「ありがとうね、胡桃ちゃん」


「はい・・・あの、牛若丸も一緒でも良いですか?」


「そりゃ、もちろん」


「ありがとうございますっ」


衝撃的な千代子さんとの出会いが
私の道を変えていくなんて


この時の私には想像も出来なかった










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