海とメロンパンと恋


side 桐悟




「桐悟、悪りぃ、頼めるか?」


「・・・承知」


藍斗の手を引いて客間を出た瞬間
言い知れぬ恐怖が襲ってきた


「とーご、ママよろこぶ?」


見上げてくる藍斗に頷いて
屋敷の奥へと足を向ける


姐さんがメロンパンを喜ぶかよりも
胡桃と頭のことだけが頭を占めていた


コンコン


小さな手は扉が開くまで待つことを知っている


「はい」


「らんとですっ」


「は〜い」

返事と同時に開いた扉の中へ
藍斗は駆け出して行った


「ママぁ」


妹が産まれてから気持ちは落ち着いてきたけれど

相変わらず姐さんにベッタリだ


「桐悟も入る?」


扉を開けて待つ姐さんの付き人の桐生弥亜に


「いや、外で」


廊下の外で待つと一歩下がった


「了解」


そのままパタリと閉まった扉


向かい側の壁にもたれると
胡桃のことが気掛かりで深い溜息を吐き出した


頭が藍斗を俺に託したのは
胡桃と何か話がしたいからで

それが何であったとしても
不安でしかない


「・・・小さいな」


男の俺から見ても頭は良い男



不安な気持ちは減らないばかりか
膨れ上がる一方だった


・・・藍斗、早く出て来い


外で待つことにした理由は
俺を待たせちゃいけないという
姐さんの善意を貰うため


己の小ささに呆れながらも
一刻でも早く胡桃の元へ戻りたくて


念を送るように扉を見つめた


ガチャ


思ったより早く開いた扉から
嬉しそうな藍斗とカブトムシのパンを持った弥亜が出てきた


「とーご、ママおいしいって」


「そうか」


「またたべたいって」


「あぁ、また作って貰おう」


弥亜からカブトムシのパンを受け取ると藍斗の手を引いた


「焦ってんの?」


「いや」


背中に打つかった声に適当に反応して
はやる気持ちを抑えながら客間へと戻った






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