海とメロンパンと恋



頭に笑われて一瞬で頬を染めた胡桃
その不安げに揺れる瞳が向けられた瞬間


此処から連れ出すしかないと思った


胡桃を前にすると、俺は弱くなる


車に乗り込んで隙間なくその華奢な身体を抱きしめる


消えそうで儚い胡桃


その柔らかな身体と匂い立つ甘い香りを
ずっと独り占めしていたい


朝も昼も夜も


片時も離れず側にいたい


初めての嫉妬も


胸の苦しささえも胡桃がいるからこそ知る痛みで・・・


随分人間らしくなったものだと思う


「桐悟さん?」


「ん?」


「藍斗君のお父さん、言ってましたよ」


「・・・?」


「“桐悟を頼む”って」


「・・・・・・そうか」



・・・クソ



胡桃の言葉で


さっきまでの不安が嘘のように晴れるんだから我ながら単純だと思う


・・・俺はまだまだ、だ


頭が楽しそうに見えたのは
藍斗に対する親としての愛情


そして・・・


俺の相手と知っての厚意だ


誰にでも優しい訳じゃない頭が
親として、上司として胡桃と接してくれた


それを汲み取れない俺は
なんて小さい男だろう

この世界に入るとか入らないとかではなく
穂高に生まれた以上はどこか鎖のように思ってきた宿命

破門追放によってそれは
跡形も無く消えるはずだった

頭は俺を救ったばかりか
穂高の再建までしてくれた恩人


もう二度と違えない誓いを立て





僅かな力でも折れてしまいそうな胡桃を
抱きしめる腕に少し力を込める




女々しい男は終了だ






「桐悟さん?」


「もう少し、このまま」


「うん」





ただ、抱きしめているだけの
様子のおかしい俺を


胡桃はそのまま受け入れてくれた




・・・







ただ、ただ胡桃を抱きしめる



こんな小さい男が
綺麗な胡桃を穢していいのかは考えるまでもなく


触れるだけで現れていた獣の感覚は
奥底に沈めることにした


胡桃に合わせて


ゆっくりと時間を紡いでいく


今は心の繋がりが何より欲しい




覚悟を決めただけなのに



ずっと儚く消えそうに思えていた胡桃は




俺の腕の中で確かなものになった












side out








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