海とメロンパンと恋



「胡桃」


低い声で威嚇してくるお兄ちゃんを完全に無視して
桐悟さんとの一件で新しくした
メッセージアプリのIDを交換する


「また連絡するね」


小さく携帯電話を振った杏子さんは


「大事な大事な胡桃ちゃんをお預かりしま〜す」


舌でも出しそうな勢いでお兄ちゃんを笑って去って行った


「杏子さんが此処の娘って教えてくれても良いじゃん」


少し拗ねた口になるのはこの際仕方がない


「聞かなかっただろ」


期待していなかったけれど
お兄ちゃんの返事に
キーと逆毛が立った気がした




・・・




ーーーーー週末


杏子さんはマンションの前まで真っ赤なスポーツカーで迎えに来てくれた


「カッコ良い」


走り出した跳ね馬は
意外にも乗り心地が良くて


杏子さんとの軽快なお喋りに
西の街に来て久しぶりの感覚を味わっていた


「お買い物したいとか、映画観たいとか
“したい”こと全部叶えてあげるけど?」


杏子さんの提案はいつだって私の胸を跳ねさせる


お買い物だって、お店も品物も
提案はしてくれるけど
踏み込んでは来ない


大人な対応をしてくれるから

学校の友達みたいに気を使わなくて済む貴重な大人の友達で

お姉ちゃんが欲しかったって気にさせる人


「気になってること聞いて良い?」


それが今日はどうやら違ったみたいで
杏子さんは一歩踏み込んできた


「良い、よ?」


「フフ、構えなくて良いって
そのネックレスが可愛いな〜って思っただけよ?」


途端に肩の力が抜ける現金な私

きっと杏子さんにはそんな私もお見通しだと思う


「・・・これ、いただきものなの」


「プレゼント?」


「うん」


「てか、それって“ミナ”の手作りよね?」


どうしてそんなことまで分かるのだろう
エスパーか何かかと隣の杏子さんに視線を向ける


「だって、この街でそんな可愛いメロンパン作れるのは
ミナの店しか無いんだもの」


その眩しい笑顔に


ネックレスを貰った日を思い出した




・・・




「胡桃」


お兄ちゃんと中庭でお昼ご飯を食べていると突然現れた桐悟さんに


「怪我人か?」


お兄ちゃんはすぐさま反応した

そんなお兄ちゃんに「違う」と答えてから桐悟さんは私の目の前に屈んだ


「胡桃に」


そう言ってピンクのリボンがついた箱を手渡してくれた


「ほー、これがミナに頼んだやつか」
「急かしたから粗悪品じゃねーのか」


お兄ちゃんは口笛でも吹くように
茶化していたけれど


箱を開いた途端
「チッ」盛大に舌打ちして


「大事にしろよ」


私の台詞を取った


「・・・っ」


お兄ちゃんにひと言文句を言いたい口をどうにか飲み込んで


「桐悟さん。ありがとう」


込めた想いに涙が落ちた


「あー、お前、また泣かせただろ」


「残念柚真、これは嬉し涙だ」


桐悟さんは、そっと頭を撫でてくれたんだった






・・・・・・幸せ













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