海とメロンパンと恋


side 穂高桐悟



「頭、今日から二週間“干柿”から
助っ人が来てくれるっす」


朝から元気の良い声を上げるのは
此処、穂高組の家事を取り仕切る
家事番頭の秋本陽治《あきもとようじ》


三日前に風呂で転んだとやらで
左手首にはギプス


利き手じゃないが片手じゃ料理は出来ないと

先先代から懇意にしている干柿家政婦商会に依頼をしたようだ


「婆さんをこき使うなよ?」


「料理と風呂掃除だけっす」


「ん」


穂高組は総勢二十名の龍神会では小規模の組

代々一ノ組筆頭大澤組の傘下として支えてきた古参だった

だったというのには訳がある

世襲制をとる大澤組が一度だけ
その慣習を破ったことがある

現組長、碧斗さんの親父さんが極道嫌いの奥さんと二人でこの街を出た所為で
まだ幼い碧斗さんの代わりとして期限付きで組長の肩書きを貰ったのが今は亡き佐和

その佐和が代替わりの時に反旗を翻した

俺の親父は勝てる見込みのない佐和派に寝返った所為で
組長である親父とそれを支持する組員全員が破門追放になった

本来なら一族破門というところを

碧斗さんに可愛がられていた俺は
それを免れたばかりか

新生“穂高組”の再建までも許された


その恩に報いるために
少数ながらも組員は精鋭と呼ばれるまでに仕上げている

それが認められたのか
俺は碧斗さんの側近というポストに大抜擢された

勿論、良く思わない古参が多いことも事実だが

碧斗さんに“不要”だと言われるまでは
龍神会のために心血を注ぐのが俺の使命だと思っている


穂高組は女人禁制
これはある時を境に決まったことだが


干柿の婆さんは大丈夫だな

そんなことを思っていた俺は


ーーーーー夕方


婆さんより若い女の姿を見かけることになる


・・・どういうことだ


自室で着替える俺に


「千代子さん、昨日怪我したらしい」
で、さっきのは千代子さんから送り込まれた女らしいが
何処かで見たことあるような」


首を傾げているのは
俺の側近の大石蒼佑《おおいしそうすけ》

小学校から大学まで側に居た連れで
蒼佑の親も代替わりで破門追放になった穂高組の一員

俺と同様に大澤組長に救われた一人だ


「何処かで?」


「ん、ちょっと思い出せないが
“あの女”とは違う記憶だと思う」


蒼佑の言う“あの女”の話は
思い出したくもないほど胸糞悪いもの

そっち系じゃないなら良いと
二週間を捨て置くつもりだったのに


いつものように食堂に入ると
ワレ先にとおかずを取り合う面子達が見えた


唖然とする俺と蒼佑には
いつもと同じ酒が運ばれてきた


「あれ、食べてみたいな」


蒼佑の視線の先には
「美味い」を連発する面子が見えて


「陽治」

気がつけば声を上げていた


「はいっ」


「今夜は食べる」


「あ、はいっ、すぐにっ」


嬉しそうに料理番の誠司に声を掛ける様子を見ながら


蒼佑と顔を見合わせた


そして・・・


「・・・美味いな」


「あぁ」


いつもは食べない白いご飯まで
キッチリ食べ切って

珍しくお腹いっぱいになった


「頭、珍しいっすね、あ、これ作ったの
クミちゃんって言うんっすよ
変装してるのか知らないっすけど
めちゃくちゃ可愛い子っす」


興奮気味に話す陽治を見ながら
明日もまた食べたいと思った


そうして・・・三日目


大澤組長とその息子と三人で
庭で遊んだ所為で汗だくになり

昼で帰った俺はシャワーを浴びた

そして・・・女と脱衣所で出会した


「し、つれいしまし、たっ」


先に風呂掃除に入ることをスッカリ忘れていた


「フッ」


慌てる様子も可愛かったな

急いで着替えて廊下に出ると
頭を抱えて蹲る女が居た


「風呂、空いたぞ」


裸を見たことくらい何でもないと言ってやりたくて
軽く声をかけると

ゆっくり顔を上げた


「・・・」


・・・・・・ドクン


初めて正面から見た顔は
眼鏡が邪魔なだけ


ではなくて


その全てに目を奪われた


可愛い女なんて数多く見てきたつもり
綺麗な女だって相手にしてきたはず

それなのに、生まれて初めて
ありえないくらい心臓が早く強く打ってきて

あまりの苦しさに

その場は逃げ出したが


苦しさの所為か
これまでなら考えられないような行動に出ることになった






side out




















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