海とメロンパンと恋



「・・・ヨォ」


「・・・っ」


暑さにやられた思いが叶って
先の尖った頭さんの革靴が視界に入ってきた


どうして私だと分かったのだろう


変装もしていないのに・・・


頭をグルグル巡るそれらに思考を奪われ

頭さんから意識が削がれていたけれど


「・・・っ!」


ドサッとベンチの隣に座った気配で
一気に現実に引き戻された


「・・・なぁ」


「・・・はい」


「これ、返す」


そう言って俯いたままの私の前に出されたのは


昨日諦めた眼鏡だった


「・・・っ」


恐る恐る受け取るとバッグの中に入れた


ドドドドドドド・・・

機関銃が乱射するように強く打つ心臓


頭さんの隣は私には無理だ


そっとテキストを閉じると
これまたそっとバッグに入れる


牛若丸のリードを握り直して
立ち上がろうとした瞬間


「逃げるのか」


低い声が右側からぶつかった


「・・・っ」


えっと・・・

こういう時はどうすれば良いんだろう

上手い返しの言葉なんて知らないし

走って逃げたところで
脚の長さが違い過ぎて捕まるのは見えている


「・・・すみ、ま、せん」


結局考えた結果は謝ることくらいで


「フッ」


鼻で笑われてしまった


「俺が怖いか」


・・・ええ、もちろん

って言っても平気だろうか


「顔?」


顔だけじゃないでしょうが


っと、ツッコミそうになるのをどうにか堪える


「なぁ、胡桃」


突然呼ばれた本名に
ウッカリと顔を上げてしまった


「・・・っ!」


「やっと目を合わせたか」


「・・・」


失敗だ・・・クソう


頭さんの思惑に
見事に引っかかった私は


一度合わせた視線を逸らす勇気さえも削がれて


色々を諦めた




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