海とメロンパンと恋



「で、名前をなんで知ってるかって?」


「・・・・・・はい」


「簡単なことだ」


「・・・」説明して欲しい


「俺の住む世界は全てを疑ってかかるのが基本
婆さんの代打とはいえ、胡桃の情報は全て調べられている」


「・・・」怖すぎる


個人情報保護法で罰して貰えないだろうか


「もう来ないのか」


そんなこと名前が調べられるなら
千代子さんの手首のことなんて朝飯前だろう


「胡桃は来たくないのかと聞いてる」


「・・・」狡い


千代子さんのピンチヒッター以外で
厳しい屋敷に行く理由なんてない

それを“来たくないのか”なんて聞き方するなんて


私には無理だ


「もう、行きません」


「そうか」


「眼鏡、ありがとうございました」


なんだろう


ものすごく・・・泣きたい


座ったままで頭を下げると
外せなかった視線がようやく解放された


バッグを肩にかけてリードを握る


「さよなら」


頭さんの顔を見る勇気はもうない



そっと立ち上がると
もう一度だけ頭を下げて脚を動かす


「・・・っ」


頑張れ私

一歩離れるごとに揺れる感情で
公園の緑が涙で霞む


・・・もう、無理


ポロポロと溢れる涙を


そのままにする


隣を歩く牛若丸は
そんな私に気付いたのか


「クゥーン」と一度鳴くと歩調を合わせてくれた




綺麗な眉


黒曜石みたいな切長の三白眼


スッと通った鼻筋


薄い唇


ストレートの黒髪は

無造作に後方へと流されていて
額に落ちている一束の前髪は

綺麗な顔に陰影さえ演出している


間近で見た顔は
綺麗で妖艶なのに冷たい空気が漂う

出会ったこともない大人の雰囲気の男性


マンションに戻るまで頭を支配していたのは


頭さんのことばかりだった
















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