海とメロンパンと恋



「高橋先生、今の患者さんで午前の診察終わりです」


「了解」


パソコンを外来クラークに任せて診察室を出た


階段を使って医局に戻る途中
院内放送が耳に入った


[整形外科の高橋先生、高橋先生
院長室までお越しください]


「チッ、ジジイが呼び出しやがって」


木村院長の顔を思い浮かべながら
最上階へと向かった


コンコン
一応ノックだけはして


イヤイヤながらも来てやったと言わんばかりに

返事も待たずに扉を開けた


ことを後悔した


「チッ」


院長室の皮張りソファに座っていたのは昨日会ったばかりの桐悟で

その斜め後方に立っているのは
コイツも同級生の大石蒼佑《おおいしそうすけ》
確か、桐悟の側近になったはずの男


「で?」


呼び出した癖に居ない院長は
逃げたに違いない


三人掛けソファの真ん中に腰を下ろしている桐悟に
 

冷たい視線を送りながら
正面に座った


「頼みがあって来た」


「ふーん」


今夜にでも呼び出そうとは思っていたけれど
出向いて来るとまでは考えもしなかった


・・・まさか、本気か?


家業のことは耳にしていたけれど
基本的に男気のある桐悟とは
学部は違っても仲良くなるのはすぐだった

よく飲みにも行ったし
女も遊びもいつも一緒だった

そう、今は女嫌いと言われる桐悟も
大学入学当初は特定の女は居なかったが
それなりに遊んではいた

それがある時から
派手な女が張り付き

他を蹴散らすようになった

後から耳にしたのは
縁談話が舞い込んだ途端に
勘違いした女が彼女気取りでまとわりつき

桐悟と関係のあった女を片っ端から潰したり
裏でアレコレ手を回してエグいことをしていたという

結果的にそれを許した親父と女諸共何処かへ飛ばされたらしいが


その一件から“女嫌い”と言われるようになるまで時間は掛からなかった


でも、本当に嫌いな訳じゃない

だからいつかは隣に立つ女も出来るとは思っていたけれど


胡桃じゃないだろう


「胡桃に会わせて欲しい」


「ダメだ」


「頼む」


頭を下げられても会わせたくない


そう・・・会わせない、じゃなくて
会わせたくないという俺の願望だけだ


「何故、胡桃なんだ」


「分かんねぇ」


「は?」


「分かんねぇから会って確かめたいんだ」


「確かめた、その先は?」


「・・・っ」


「言えないってことは、確かめるまでもなく“分かってる”んじゃないのか?」


「・・・かも、しれねぇ」


「・・・チッ」


「胡桃に会いたい
胡桃の声を聞きたい
胡桃のご飯を食べたい
胡桃の側に居たい」


「・・・」


「俺ん中、胡桃で埋まってる」


二十八歳の男の想いは
拗れ過ぎて真っ直ぐだった
















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