海とメロンパンと恋



「・・・」私も


それは言わないと決めたから
グッとそれを飲み込む


「柚真との約束で許されたのは
メッセージだけだったから
いつも長いやりとりで、すまなかった」


そう言って桐悟さんは小さく頭を下げた


「いえ、あれは、私が勝手に泣いたのに」


「いや、元はと言えば俺がキチンと順序立てて話すべきだったんだ」


「・・・」


「一度、時間をくれないか」


「・・・時間?」


「俺のことを全部、胡桃に知って欲しい」


「・・・は、い」


相手に自分を知って欲しいと思うのはどういう時?


相手のことを知りたいと思うのはどういう時?


「胡桃」


「・・・はい」


「俺が自分のことを話すまで
想像は禁止な」


頭を巡り始めた色々を止めるように
桐悟さんは先手を打って僅かに口角を上げた


「・・・はい」


なんだか私のアレコレがバレているようで

返事をしたまま俯くと、繋いだままの手が見えた


お兄ちゃんみたいに大きな手


でも、お兄ちゃんじゃこんなにドキドキしない


「胡桃」


「はい」


「穂高組の奴らは今でも胡桃のご飯が美味かったとボヤいてる」


「・・・そんな」


「陽治も胡桃のレシピ通りに作っても
同じ味にならねぇって首を傾げてる」


“じゃあ今度行きますね”なんて簡単に口にしてはいけない

でも本当は二十人前だって
作ってあげたい


もどかしい思いは

「そうですか」

なんて曖昧に返すしか出来なかった


「誰が手繋いで良いつったよ」


そんな二人に聞こえたのは
お兄ちゃんの不機嫌な声で


正面に立ったお兄ちゃんに反対の手を引かれて


ベンチから立ち上がった瞬間
桐悟さんの手が離れた


「・・・っ」


途端に寂しさが込み上げてきて
泣きそうになる気分を押し込める


「胡桃、おやすみ」


「おやすみなさい」



お兄ちゃんはマンションに着くまで
繋いだ左手を離してはくれなかった







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