初恋マリッジ~エリート外交官の旦那様と極上結婚生活~
ドビュッシーが作曲した〝月の光〟は、ベルガマスク組曲の三番目の曲。
幻想的で優しいメロディが印象的なこの曲は大好きだけど、生徒や保護者の前で満足のいく演奏ができるようになるにはたくさんの練習が必要だ。
仕事終わりに教室に残って練習するだけじゃ足りない。でも、このマンションにピアノはない。
「それでね、来週の日曜日の午後から、毎週実家に通って練習しようと思っているんだけどいいかな?」
「ああ、かまわない。それで発表会はいつなんだ?」
「三月の最終土曜日」
「そうか。それは楽しみだ」
彼がオムライスを口に運んでニコリと微笑む。
「もしかして見に来てくれるの?」
「あたり前だろ。小夜子の最後の仕事だ。きちんと見届けたい」
気遣いはうれしいけれど、舞台に上がって演奏するのは大学の卒業演奏会以来。彼が見に来るとなると、さらに緊張が増しそうだ。
「間違えたらどうしよう」
七歳の誕生日パーティーを始め、過去に参加したコンクールでも大事なところでミスをするなど、私は本番に弱いところがある。
早くも発表会の不安を漏らすと、彼が陽気な声をあげた。
「観客を全員カボチャだと思えばいい」
「えっ? カボチャ?」
「ああ。俺もそう思って演奏してきた」
意外な対策をおもしろく思い、クスクスと笑う。
発表会当日までまだ二カ月以上ある。いつでも私の味方でいてくれる彼を心強く思い、これから練習に励もうと心に決めた。