初恋マリッジ~エリート外交官の旦那様と極上結婚生活~
両親に海外赴任の内示が出たことを伝えると、サンルームで練習をスタートさせる。しかし、開始早々から彼の容赦ない指摘が室内に響き渡った。
「楽譜をよく見るんだ。ここはピアニッシモだろ」
私は記号通りに弾いているつもりでも、彼には〝ごく弱く〟に聞こえないらしい。
「もっと繊細に」
「そこはペダルを使って」
「違う。もう一度最初から」
次から次へと出される指示に四苦八苦しながら、ピアノを弾き続けること三時間。
「少し休憩したらどう?」
母親が紅茶とクッキーがのったトレイを手に、サンルームに姿を現す。
永遠に練習が終わらないのではないかという不安に駆られた矢先に差し伸べられた救いの手に、ホッと息をついて窓際のソファに移動した。
「発表会まであと一ケ月半か。心配だな」
彼が体の前で両腕を組んで大きなため息をつく。
「そんなにひどかった?」
「人前で演奏できるレベルに達していないのは、小夜子が一番よくわかっているんじゃないのか?」
ピアニストを目指していた彼のアドバイスは辛辣だけど、その通りだからなにも言い返せない。
気まずい思いを感じていると、彼が紅茶に口をつけた。
「まあ、とにかく練習あるのみだな。オーストリアに行くまで練習に付き合うからがんばろう」
この後もスパルタの指導が続くと思うと、けっこうつらいものがある。でも、異動が控えているにもかかわらず、練習に時間を割いてくれるという彼の厚意を断ることなどできない。
「……はい。よろしくお願いします」
頬を引きつらせて返事をする私を見て、彼が満足そうにうなずいた。