オトメは温和に愛されたい
 その頃には、大好きな人からのキスを素直に喜べないことが、もうただただ悲しくて……情けなくて……。

 足が痛くなかったら、走ってこの場を立ち去りたいくらいなのに、怪我のせいばかりじゃない気怠さで、足が鉛のように重かった……。

 それでも自分を鼓舞して一生懸命歩く私を、温和(はるまさ)が手を引っ張って止める。

「待てよ、音芽(おとめ)っ」

「離、して……!」

 掴まれた手首が痛い。

「泣いてるの知ってて、そのまま帰せねぇだろ」

 何なのよ。
 酷いことをして泣かせたのは温和(はるまさ)じゃない。
 なのに何で帰せないとか、言うの?

 意味、分かんない……。

温和(はるまさ)のそばにいるの……、しんどいの。……分かん、ない?」

 ここまで言えば離してくれるでしょ?

 そもそも温和(はるまさ)は私がそばにいるの、嫌がってたんだもん。
 願ったり叶ったりじゃない。

「……だから、離して」

 涙で潤んだ瞳で温和(はるまさ)を見つめて懇願する。
 なのに、温和(はるまさ)は全然手を緩めてくれなくて。

 それどころか
「分からねぇよ」
 とか……馬鹿なの?

 私は足の痛みも忘れて、温和(はるまさ)から手を引き剥がそうともがいた。

温和(はるまさ)っ、お願いだからっ……、これ以上、私を(みじ)めな気持ちにさせないでっ!」
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