逆プロポーズした恋の顛末
「ええ。でも、一応話を聞くのが礼儀というものでしょう?」
「では、単刀直入に申し上げます。依頼人である彼の祖母、立見 夕雨子さんの望みは、彼との関係を今後一切断ち切っていただきたい、ということです。ご了承いただけるなら、利便性のいいマンションの一室。むこう三年分の生活費。もしご自身のお店を持ちたいようでしたら、そちらも含めて援助する用意があります」
尽の両親ではなく、祖母が依頼人であると聞いて、やや面食らったものの、裕福な家こそ家族関係が複雑だというのは、二世、三世である店の客たちからよく聞く話だった。
「ずいぶん、太っ腹ですね?」
「彼の『妻』が得るものと比べれば、ほんのささやかな贈り物ですよ」
「もし……お断りした場合は?」
「あなたのお勤め先に、迷惑がかかるかもしれません。そして……立見総合病院での彼の立ち位置が危うくなるかもしれません」
「どういう意味ですか?」
別れるのを渋った場合、営業妨害をされるのは想定内だ。
しかし、尽の将来に、大きな影響あると言われては、ただの脅し文句と聞き流せない。
「現在、立見総合病院の院長兼理事長を務めているのは彼の父親です。しかし、血縁者が後継者でなければならないという決まりは、どこにもありません。むしろ、まだ若い彼を後継者として認めている人間は少ない。そんな状況では、病院に利益をもたらす相手との縁談が、彼にとって強力な後ろ盾となる」
製薬会社の社長、大学教授、官僚――そういった地位も権力もある人物を親として持つご令嬢たちは、「伝手」というメリットをもたらすことができるだろう。
立見総合病院は市の基幹病院だが、近隣都市にも同じような規模の病院はあり、漫然と現状を維持するだけでは生き残れない。差別化を図るためには最先端の医療、最新の設備、そして腕のいい医師を確保する必要がある。
「現在彼には、母校で医局長を務める教授――恩師のご令嬢との縁談が持ち上がっています。大学の同期で面識もあり、気が合うようで、何度か食事を一緒にしているようです。結ばれるのは、時間の問題だと周囲は見ています」
あの夜、尽と一緒にいたのは、その「ご令嬢」だったのかもしれない。
同い年で、同じ大学出身。気も合うし、容姿の釣り合いも取れる。
そして……伝手もコネもある相手。
これ以上は望めないくらい、望ましい相手だ。
そんな縁談を断る方が、どうかしているとわたしでも思う。
弁護士は、追い打ちをかけるように「現実」をさらに突き付けた。