逆プロポーズした恋の顛末
「あなたは、彼といれば将来は安泰。生活に困ることもなく、幸せな人生を送れるでしょう。しかし、彼はあなたといて、何を得られるのでしょうか? 医師であり、立見総合病院の後継者でもある彼のために、あなたはいったい何の役に立てるのでしょうか?」

「…………」

「研修医として、いろんな壁にぶつかり、もがいているいまの彼にとって、あなたは確かに心の支えになっている。ですが、一人前の医者になったあとも、彼はあなたの支えを必要とするでしょうか?」

「…………」

「環境が、立場が、状況が変われば、必要なものも変わる。慣れ親しんだ『安心』を手放す時、不安に苛まれたとしても、それは一時のことにすぎない。成長すれば、必要としなくなるものもある。そうは思いませんか?」


反論のしようがなかった。

いつか、彼がわたしを必要としなくなる日が来るとわかっていた。
そのいつかが、こんなに早く来るとは思っていなかったのだと、いまさらながらに自覚する。


「おっしゃるとおり、わたしでは……彼の将来に、何の貢献もできないでしょうね。よく、わかりました。それで、お話は終わりでしょうか?」

「ええ。ついては、こちらに目を通し、ご署名いただきたいのですが……」


びっしりと文字で埋められた数通の書類が、目の前に並べられる。


「今後、彼と一切接触しないこと。万が一、何か問題が発生した場合は、必ずわたくしども弁護士を通すこと。こちらから提示させていただくもの以外は要求しないことをお約束いただきたい。依頼人が確認したのち、同意いただいた金額をご指定の口座へ振り込ませていただきます。マンションは、こちらのリストからお好きなものをお選びください。後日、権利書と鍵をお渡しさせていただきます。急なお話でしたので、すべて一旦お持ち帰りの上、後日ご連絡いただければ取りに伺います」


わたしの有利になることなど、何一つ書かれていないことは読まずともわかる。

小難しい法律用語を読む気になれないというのもあったが、持って帰れば尽の目に入らないとも限らない。いまここで、ケリを着けてしまいたかった。


「いえ……その必要はありません。ペンをお借りしても?」

「本当に……よろしいのですか?」


署名するよう迫っておきながら、そんなことを言う弁護士に苦笑する。


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