逆プロポーズした恋の顛末
「わたしに許されている選択肢は一つしかない。そうであれば、時間をかけても意味はありませんから」
「では……どうぞこちらをお使いください」
「ありがとうございます」
高級そうなボールペンの書き心地は滑らかで、微かに手が震えていても書き損じることはなかった。
「これでよろしいでしょうか?」
滑らせるようにして押し戻した書類を一瞥した弁護士は、わたしが書き加えた一文に気付くなり、ハッとした様子で顔を上げた。
誓約書の一番下にフルネームで署名した後、余白に一文を付け足した。
――依頼人が用意した金品等、一切の受け取りを拒否します――
「わたしは彼の『愛人』ではありませんので、『お手当』を貰うつもりは一切ありません」
「ですが、」
「普通は、恋人同士が別れるとき――お金を貸していれば別ですけれど、相手に慰謝料まがいの金銭を請求したりはしませんよね?」
「…………」
否定すれば、わたしは尽の「恋人」ではないと肯定することになってしまう。
事実ではあるが、そこまでわたしを侮辱するのは彼の本意ではなかったようだ。
沈黙だけを返してきた。
もう、話すべきことも、説明すべきことも、なかった。
「では、失礼します」
冷えたコーヒーを飲み干して、みっともなくよろめいたりしないよう、慎重に立ち上がる。
テーブルの上に置かれた伝票を取り上げる寸前、弁護士に奪われた。
経費で落ちるとでも言うつもりかと思ったが、彼はなぜか咎めるような口調でわたしを問い質した。
「尽が、あなたとの別れをあっさり受け入れると思っているんですか?」
ついさっき、大学教授のご令嬢と尽は気も合うようだし、いずれ結ばれるだろうと言ったのは彼自身のはずだ。
それなのに、尽の気持ちは真逆であるかのようなことを言い出すなんて、訳がわからない。
「ほんのわずかな時間でも、身体が空けば、尽は真っ先にあなたに会いに行くんだ」
「そ、れは、ただ都合がいいから……」
身体の相性がいいから。
そこそこ美味しい料理が食べられるから。
普通の恋人のように、扱う必要がなくて楽だから。
理由なんて、いくらでもある。
そう言ったら、頭ごなしに否定された。
「アイツは、どうでもいい相手に時間を割くような男じゃない」
「あなたに、何がわか……」