マエノスベテ
「固くならなくても。普通にしてれば、誰もそれについてずかずか踏み込まないさ」

「だけど、やっぱり他人は苦手だ」

差別、差別、差別、差別。
事情を聞いた人のいくらかは、あなたに幸あれだの、神の祝福がありますようにだのと簡単に言うが、それはほとんどの場合本心ではない。
 なので、たとえば、『そのような化け物』の出るような話を描いているいくらかの作家などは既に、そのきらびやかな表現とは真逆と思っていい卑劣な言葉を毎年わざわざ寄越してくるのだ。

「安心しろ、あの婦人は作家じゃない」

「そりゃ最高だ。嘘と偽善に満ちた優しさが作る汚れた札束が、ギャンブルを駆け巡る様にはうんざりした」

この家は何に依るのだろう。

2019/03/23 00:32

 ひたひたとどこか薄く粘着性を感じる冷たい廊下を歩く。
途中には、豪華なドレスを着た白い肌のマネキンがケースに入り立っていた。

「綺麗でしょう」

パーティの先頭にいる婦人が言う。
「結婚式で着たものなんです」

 確かに目映い白さに贅沢にストーンやレースのあしらわれたそれは晴れ舞台にふさわしそうだった。そしてそれを纏いながら凛として佇む『彼女』の姿に目を奪われそうになる。

「本当に、美しい……」

 部屋にいる彼女のほうに一途ではあるけれど、やはりモデル体型にやけにスリムさを強調した容姿や、長い指先、なにより色の白さはそれとまた違う魅力があった。
つるんとした艶のある素材は、デパートで見かけた子と似ている。

「あれを作る素材は意外と予算がかかるぞ」

隣に居た彼が横から囁いてくる。彼はぼくのどうしようもない趣向に理解があった。生きている他人よりかは生きていないもののほうが『そういった』魅力を覚えてしまうのだ。

「見ているだけでいいんだ」

彼女らは喋らず動かず、身勝手や暴力、余計なことをしてこない。出掛けなくともいいし、食事を共に出来ずとも変わらずそこに在る。

 生きている他人でそれが満たせる人を、ぼくはほとんど知らないし、これほどに素晴らしい恋人はいない。胸がドキドキと高なり、この廊下から離れるまでの間ずっと、身体が火照っているような浮遊感に似た状態に支配されていた。
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