マエノスベテ
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ちなみに、まだスーパーの近くである。変にデザイン性だけはある建物で、玄関神殿のエンタブラチュアの前でうろうろしていたところだ。
ついでいうとその奥は、期待を裏切る味気ない自動ドアと、カートがあるコーナーである。
すぐ外に曲がれば、自販機があった。
中にもジュースあるだろ、とこの国でつっこんでもさほど意味はない。
彼は時計を確認する。案外に近道だったようで予定よりも早くついたらしい。
あと15分ほどの余裕があった。
「とはいえ5分前には行く予定だから暇は5分程度かな」
なんていう彼が、店内入り口近くにあるキカイを指差した。
『うさぎさんとかめさん、よーいドン!』
と書いてあり、コインを入れる場所がある、アレである。
「賭けをしよう」
「……今? 奢れないんだけど」
彼は特に答えず、財布を取り出す。150円ぼくに渡してから、200円を、よーいドン!につぎ込んだ。
にぎやかな音楽で画面が切り替わる。次に、まず、うさぎさんとかめさん、どっちを応援するかをボタンで選ぶ。
「どうする?」
「じゃ、うさぎさん」
彼が、うさぎさんを選ぶ。
コースに、実際うさぎさんとかめさんのフィギュア?
がならんでおり、連動して前進する。前方にはゴールがある。やがて、画面が変わり、二匹(一羽と一匹?)が、ぴこぴこと動き出した。
途中の石や、仲間の妨害、様々な苦難を乗り越え――
なんだかんだで選ばれたのは、うさぎさんだった。
ちなみに、かめさんも勝つときもあるためこれに動物としての性能は関係ない。
「ラッキーだな」
ぼくが呟いていると、店員を呼んでください、と書いてあったのを見たらしい彼が何かもらいにいった。その間にぼくはお茶を買い、少し飲んだ。
「ただいま」
「なんだった?」
「大理石のフィリップス・アラブスみたいなおばちゃんが、こんにゃくゼリーと、チョコレートくれた」
「誰だ?」
「昔の人」
2019/06/11 16:08
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階段から上へ。
映画館のあるフロアを目指す。向かうにつれ、景色は薄暗くなりつつあった。
こうして外を歩いていると、とても楽しくて、引きこもる人が信じられないような気がする。
ぼくも閉じ込もってしまおうと思うことは何度もあった。
この「けもみみ」が目立つことは多いし、ただでさえ好奇の目が向くのに、作家の後ろ楯までつきまとってきて、近所を出歩くのすら今は難しい。
引きこもりを叩くのは嫉妬だなんて言う人が居るけれど、それは間違いだ。別に、大抵が妬くような対象でもない。
こんな風に、誰かから執拗に追われているなら当然だとも思える。
理由なんかないのだ。
そう、要は「生きる気がないなら死ね」ってこと。叩きたいから叩くってこと。そんなことを思いながらぼくは隣を見ていた。
「久々にあんなに巻いたよ。跳べたから、気分がいい」
なんて呟きながらも頭は別のことを思考する。
引きこもりは死ねばいい。
死ねばいいのに。
「みんな普段、どんな風に外の追っ手から逃れてるんだろうな?」
家に居たって、窓からラジオ流されたり、嫌がらせ目的の煩い音声を聞かせに毎日現れる人の出現はこばめない筈だ。
家に居ようと、通常はゆっくりアニメなんか頭に入りはしないし、ラノベなど読む暇など残されていない筈である。
窓をのぞけば「早く飛びおりろよ」と外にいる人から楽しそうにすれ違い様言われるのが当然のことで、学校の方がマシというものだし人が訪ねてきて、わざわざ嫌がらせの品を渡しに来たり、部屋を荒らされたりするだろう。
いじめやいやがらせは別に家も外も関係がないものであって、例えば学校でそうなっていた場合は、家まで来て石を投げつけることがあっても当然というものだ。
「あれ、自主監禁みたいな気分にしかならないのに世間は勘違いしている。
家も外も変わりはしないし、ぼくらには、どこに居たって逃げる場所なんかない。
まずテレビで見るような、絵に描いた暇人がいじめも受けずに部屋に存在する状況が、起こり得ないんだ。家と外どちらが快適なんて問題にはなりはしない」
彼は、しばらくなにやら携帯を操作していたがそんなぼくの独り言に、ふと、なるほどと言った。
「なるほど、メディアが作った、なまぬるい『引きこもり』が、普通現実に存在するわけがない、そういうことだね」
居たとしたら叩かれて当然だ。それは何ら不自由なく、
部屋にこもれる状況がある、数少ない、奇跡なのだから。
大衆に自ら地雷を踏むために手を挙げに行くようなものである。
「もしぼくが部屋にいたって部屋で遺書なんか書く暇、いや書く気力すらギリギリというところだよ。
実際、窓際に誰かが潜んでいないかとか、盗聴に合ってるんじゃないかの方が気になるし、わりと撮影されてるからね。常に。だから部屋にいようが「自由」の範囲は通常の人より狭い」
リスクは低くないのに、リターンは少ない。むしろ、ほとんど無い。
2019/06/12 09:00