マエノスベテ
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「つまり僕らは監視から逃れられないということだ」

 監視して先回りされたらまずくないかという考えも浮かぶが、しかし今のところ、彼らは、直接は手出ししてこない。
回りくどく道を塞ぎ、回りくどく怒鳴り込むかピンポンダッシュくらいである。だから、せいぜい嫌がらせがメインだろうと言う気持ちもあった。
彼が携帯を取り出してかける。彼女に電話したのだろう。
ぼくも彼に近づき、耳をすませる。
「はい……」と微かな声がした。「今、2Fに居るんだけれど」

「あー、良かった、もう帰ったのかと、私は今、出てすぐの場所、外に居ます」

「まさか、さすがに連絡はするよ。それに誘っておいて、こんな真似はしない、今何かあったりしたかな?」

「やけに、女子高生が、近付いて来るんです……帰るにも帰れないし……なにこれ、顔写真でも配られてるんですか?」

 あいつが駐車場に向かうようにだとかの指示を出しているのだろう。

「怖い……、来ないで……さっきから、ぐるぐる、回っています、あちこちから人が」

落ち合えるだろうか。
少し心配になってきた。

「何か、建物とか、人を巻けそうな場所はないかな?」

「探してみます」

ぼくたちを孤立させてから、追い回す、狡猾だ。
周りをふと見ると、スマホを構えた人たちがぞろぞろ歩いていた。外に近づくにつれて。

モンスターGOをしている風だが、どこか嘘っぽい。


2019/06/20 18:49
93
 外に出られるだろうかとは言う暇もなく出なくてはならない。覚悟を決めて、ダンスが未だにレボリューションするそばを潜り抜け、下へ急ぐ。
「さすがにこの建物の屋上は跳ぶのは危険だから、やりたくないよな」なんて思って、どうかそうならないよう願った。

「櫻さんは、トラウマを植え付けた、許されないこともしていた。謝罪は無いがそれを理由に、関わりたくないと断交する方法もある」

走っている横で、彼はふいにそんな話をした。
「ケガの功名、じゃないけど――きみだって、僕だって、外に出られなかったのは櫻さんのせいなんだから」

『櫻さんが居るから』
争いになりたくないから。
争うから。
櫻さんが奪うから。
櫻さんは――――

「もしも櫻さんが居なかったら、こんなことにならなかったし、周りなど気にせず、場所など選ばず、もう少し平穏に生きられたんじゃないかな。

櫻さんの居ない場所を探して、気を遣って、隠れるように生きてきたようなものじゃないか」

存在理由、経済価値、どちらの肩を持つだとかそんなものは無く、ただ櫻さんが住んで居ないからこの街に来たんだというのは確かにひとつの真実だったが。
「あと、敬之というやつだ。あいつも居ないからな。此処は」

彼は、櫻さんの公認の夫である男の名前を口にした。
彼とは――もちろんぼくとも忌々しいと思う名だ。
今でもどこかから、ぼくたちに貼りついているんじゃないかと思ってしまう。迷惑な男。

死ね。

「櫻さん次第というのは、確かに大きい。なんで、櫻さんなんだろうな。櫻さんが居なければ、逆にぼくらはどこに居たっていいわけだ」

櫻さんの居ない場所なら。
櫻さんにさえ、会わないなら。まるで、彼女にとっての
『マエノスベテ』だった。

「櫻さんがぼくに付きまとってネタにしていることは前にも言ったけどさ」

ぼくは、雨が降りそうな空を見上げた。

「彼女の処女作は、ぼくの殺された祖母をテーマにされてたよ」
ぼくは言う。細部は、彼女の憎悪と悪意で曲がってしまっているけれど。
ぐちゃぐちゃ、歪んでいく、世界。
「次の作は、ぼくの、壊された、世界を、テーマにされていたよ」
ぐにゃぐにゃ、歪んでいく。

「ぼくの、殺された、友人が、テーマになっていたよ」

ぐちゃぐちゃ、壊れて、乱されて、崩れていく。

「ぼくの、大事な人が、テーマになっていたし、
ぼくの、殺された、実姉が、テーマになっていたよ」

櫻さんにとって、ぼくの価値ってなんだろうか。生きているネタ帳に過ぎないんだろうか。

「――なんで、知ってるんだろうな。なんで、そんな作品を、創るんだろう」

身の上話は、うまく隠蔽しなくてはならないけれど。

だからこそ。
『だから』
言うことが出来ないからこそ。
2019/06/21 11:29
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