マエノスベテ
98
つきまとうならカメラを起動してみようかと彼が携帯を出して見る。電源が入るとたん、付きまとう歩行者は一斉に自分のスマホを見た。
このタイミングの良さ!
間違いなく、これは、なにかしらの情報を共有している。
「社長がさー」
「俺も、具体的には聞いてないんだよな、こうしろってだけで」
時折、若者の口からは、たびたび社長という言葉がこぼれていた。ぼくたちは人を巻きやすい場所を求めて一旦あちこち走り回った。
携帯は電源を一旦切るしかない。
こんなのが毎日続くと、ぱったりと音信不通になってしまうのでかなり不思議な人物になってしまいそうだが――
「社長?」
ぼくが隣にいる彼女に確認をとると、彼女は苦笑いのような半泣きのような表情で言う。
「はぁ、私も、よくは知らないんですが、マエノスベテは、社長だそうで」
「どんな会社だ、うわっ」
三人、走り回っていた途中、緑川☆印刷のトラックがぼくらの前方、狭い路地でわざわざ横にとまる。
「塞がれた!」
彼が叫ぶ。ぼくらはどうにか引き返すとまた走り出す。
なんだ、これ、どうなっているんだ?困惑するなかで脳裏に浮かぶものがあった。
「あの男。
SNSの――アイコンがあった。待ち受けに。Twitterのものだった」
最近SNSでいろんな事件があったとニュースになっていたばかりだ。半グレ集団が、SNSで集会を呼び掛ける話や、麻薬を売る人が、販売を持ちかける話、自殺志願者を募る話。
「確かにSNSで、僕らについて共有していた可能性はあるな」
「近くに交番がある。そばを通ろう」
ぼくと彼はそう言い合った。
彼女が「あの男?」という顔をしていたが今は説明する場合じゃない。此処は戦場だ。
2019/06/24 10:56
99
それからはしばらく、ばたばたと、走り回って、ただひたすらに走り回った。
交番は人が居なかったが、指名手配犯の写真がいろいろと貼られていた。
マエノスベテは、載っていないが……
遠回りしていては目的地につけないので妥協はある程度必要で、途中からは覚悟を決めて進む。おばさんの家のある通りに近づきあとは此処を上ってというところで、ふと壁を見るとその白い壁にはなにか絵が描いてあった。
『猫』だった。たぶん、猫だろう。人のような、猫のような。そして猫は、一人に同化しかけるような曖昧な二人の人間……双子だろうか? に指をさしている。 真ん中には、魚。
「……なんか、不思議な気分になる絵だね。マツモトキヨシが、1932年に松本清が立てたマツモト薬舗を1975年にマツモトキヨシにしたという話を思い出したよ――フルネームになってしまった経緯はよく知らないけど」
「例えがよくわからないよ、絵鈴唯」
「それを知ったときは、幼心に少し安心したものだよ、マツモトキヨシに関わっていたのが、松本清って人でね。名前に反して田中とかだったら少し、驚くだろうからな」
彼の幼心は、複雑だった。
名前や製品と、本体とが一致しないということは現代に、いや、昔からそう珍しくはない。
みんな心のどこかに、漠然と疑念に似たものを持っているんじゃないだろうか。
本を読みながら、テレビを見ながら。
これは、正しいのだろうかと、考えたことのない人はそういないだろう。
「そういうことか……」
ぼくは、少し、笑った。
彼女は後ろを向いて追っ手を確認していた。
彼は、ポケットから出したコンニャクゼリーを見つめる。
やがて、ゼリーをポケットから戻した彼は、
ある一軒屋にずかずかと向かいためらわずにインターホンを押した。
2019/06/24 19:08
きい、とドアが開くとおせっかいおばさんが、不機嫌そうに現れた。
「こんにちは」
ぼくらが挨拶したとき、対峙したそのとき、おばさんはまっすぐ指を伸ばして目を丸くした。ぼくらには目もくれずに彼女を指差す。
「田中さんとは、うまくいってるの?」
「――田中さんから、そう聞いて居ますか?」
彼女は一歩前に出て、そして表情を変えなかった。
2019/06/24 19:08
つきまとうならカメラを起動してみようかと彼が携帯を出して見る。電源が入るとたん、付きまとう歩行者は一斉に自分のスマホを見た。
このタイミングの良さ!
間違いなく、これは、なにかしらの情報を共有している。
「社長がさー」
「俺も、具体的には聞いてないんだよな、こうしろってだけで」
時折、若者の口からは、たびたび社長という言葉がこぼれていた。ぼくたちは人を巻きやすい場所を求めて一旦あちこち走り回った。
携帯は電源を一旦切るしかない。
こんなのが毎日続くと、ぱったりと音信不通になってしまうのでかなり不思議な人物になってしまいそうだが――
「社長?」
ぼくが隣にいる彼女に確認をとると、彼女は苦笑いのような半泣きのような表情で言う。
「はぁ、私も、よくは知らないんですが、マエノスベテは、社長だそうで」
「どんな会社だ、うわっ」
三人、走り回っていた途中、緑川☆印刷のトラックがぼくらの前方、狭い路地でわざわざ横にとまる。
「塞がれた!」
彼が叫ぶ。ぼくらはどうにか引き返すとまた走り出す。
なんだ、これ、どうなっているんだ?困惑するなかで脳裏に浮かぶものがあった。
「あの男。
SNSの――アイコンがあった。待ち受けに。Twitterのものだった」
最近SNSでいろんな事件があったとニュースになっていたばかりだ。半グレ集団が、SNSで集会を呼び掛ける話や、麻薬を売る人が、販売を持ちかける話、自殺志願者を募る話。
「確かにSNSで、僕らについて共有していた可能性はあるな」
「近くに交番がある。そばを通ろう」
ぼくと彼はそう言い合った。
彼女が「あの男?」という顔をしていたが今は説明する場合じゃない。此処は戦場だ。
2019/06/24 10:56
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それからはしばらく、ばたばたと、走り回って、ただひたすらに走り回った。
交番は人が居なかったが、指名手配犯の写真がいろいろと貼られていた。
マエノスベテは、載っていないが……
遠回りしていては目的地につけないので妥協はある程度必要で、途中からは覚悟を決めて進む。おばさんの家のある通りに近づきあとは此処を上ってというところで、ふと壁を見るとその白い壁にはなにか絵が描いてあった。
『猫』だった。たぶん、猫だろう。人のような、猫のような。そして猫は、一人に同化しかけるような曖昧な二人の人間……双子だろうか? に指をさしている。 真ん中には、魚。
「……なんか、不思議な気分になる絵だね。マツモトキヨシが、1932年に松本清が立てたマツモト薬舗を1975年にマツモトキヨシにしたという話を思い出したよ――フルネームになってしまった経緯はよく知らないけど」
「例えがよくわからないよ、絵鈴唯」
「それを知ったときは、幼心に少し安心したものだよ、マツモトキヨシに関わっていたのが、松本清って人でね。名前に反して田中とかだったら少し、驚くだろうからな」
彼の幼心は、複雑だった。
名前や製品と、本体とが一致しないということは現代に、いや、昔からそう珍しくはない。
みんな心のどこかに、漠然と疑念に似たものを持っているんじゃないだろうか。
本を読みながら、テレビを見ながら。
これは、正しいのだろうかと、考えたことのない人はそういないだろう。
「そういうことか……」
ぼくは、少し、笑った。
彼女は後ろを向いて追っ手を確認していた。
彼は、ポケットから出したコンニャクゼリーを見つめる。
やがて、ゼリーをポケットから戻した彼は、
ある一軒屋にずかずかと向かいためらわずにインターホンを押した。
2019/06/24 19:08
きい、とドアが開くとおせっかいおばさんが、不機嫌そうに現れた。
「こんにちは」
ぼくらが挨拶したとき、対峙したそのとき、おばさんはまっすぐ指を伸ばして目を丸くした。ぼくらには目もくれずに彼女を指差す。
「田中さんとは、うまくいってるの?」
「――田中さんから、そう聞いて居ますか?」
彼女は一歩前に出て、そして表情を変えなかった。
2019/06/24 19:08