四角い部屋の水槽 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
 「本当はあの時……気持ちを伝えたかった
のに、まだ、滝田くんは好きなんだってわか
って。それで、……馬鹿なこと言っちゃって」

 「うん」

 あの夜を思い出し、目を細める。
 彼女の言葉に、一瞬、揺らいでしまった自分。
 けれど俺だって、正解がわかっていた訳じゃ
ない。もしかしたら、あのまま肌を重ねた方が、
早く楽になれたのかも知れない。

 どちらの選択が彼女を傷つけるかわからない
から、俺は戻れなくなるのを恐れて拒んだのだ
ろう。

 あの時は、それを上手くは伝えられなかった。

 俺の肩に頬を埋め、しがみつく彼女の耳に
そっと口付ける。

 好きで好きで仕方ないのだと、腕の中で言葉
を探す彼女が、今は愛しいと思える。

 「でも……諦めなくて、いいのね?」

 すん、とまた鼻を啜って彼女が訊く。
 俺は少し笑って、「うん」と力強く頷いた。

 その答えに、ほっとしたように彼女が息を
吐く。微笑んでいるのだと、顔を見なくても
その息でわかる。俺は彼女の肩をゆっくりと
離すと、顔を覗き込んだ。

 「今まで、ごめん。それと、ずっと俺の気持
ち待っててくれて、ありがとう」

 それが、今言える最大限の気持ちだった。

 「好きだ」というその言葉は、次に会うとき
まで大切に取っておきたい。

 「ううん」

 照れたように笑って首を振る彼女の頬を、
ぐい、と手の平で拭う。鼻先と同じように、
頬もほんのりと朱く染まっている。

 俺は彼女の左手をすくい取ると、悪戯っ子の
ように口角を上げた。そして、彼女の小指に
ちゅ、と音を立てて口付けた。

 「今日はこれだけ。約束の証ってことで」

 そう言って、今度は少し長く同じ指に口付け
る。彼女は幸せそうに目を細め、頷いた。

 俺たちは、どちらともなく笑みを交わし、
そのまま部屋の隅を見やった。

 視線の先には、緑のコケで覆われた水槽が、
コポコポと水音をさせている。
 中を泳いでいる魚は、さぞ、狭い世界を見て
いることだろう。ほんの少し前の俺も、きっと、
あの魚と同じように“自分”という狭い心の中を
泳いでいたに違いない。

 「アレ、掃除しなきゃな」

 四角い部屋の隅にある、丸い水槽を眺めなが
らぽつりと言った。

 「手伝ってくれる?」

 「もちろん」

 即答すると、彼女は「嬉しい」と呟き、
満面の笑みを向けてくれたのだった。




                 ―完―

 **この物語を最後までお読みいただき、
ありがとうございます。ご縁をいただけた
こと、心より感謝致します。 弥久莉**

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