僕惚れ②『温泉へ行こう!』
「……正木、くん?」

「池本さん、と……丸山……?」

 正木くんに名前を呼ばれた私は、思わず理人(りひと)の陰に隠れる。そんな私を背後に隠すようにして、理人が彼をじっと見つめる。

 その重苦しい雰囲気を先に壊してくれたのは、正木くんだった。

「では、お席へご案内いたします」

 一瞬で店員モードに切り替えると、私たちを案内しながら、小声で「ここ、祖父母がオーナーの旅館なんです。俺は毎年、桜庵(ここ)の助っ人してます」と言った。

 そういえば彼、新幹線の中で家業の手伝いに行くのだ、と言っていた。

 でもまさか、ここだったなんて。

 朝の悪夢が脳裏に蘇ってきて、私は思わず理人の服をギュッと握る。

 理人は私の(おび)えを感じ取ったように、後ろに手を差し伸べてくれた。

 その手をすがるような気持ちで掴んだら、彼が指を絡めるようにして握り返してくれる。

 私はそれだけで気持ちがとても軽くなるのを感じた。


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