僕惚れ②『温泉へ行こう!』
***


 ハプニングはあったけれど、理人(りひと)は正木くんの出現に、朝みたいに動揺することはなくて。

 私も、彼の落ち着いた雰囲気に少しずつ気持ちが(ほぐ)れてくる。

 と同時に、せっかく来たのだから料理を堪能しないと、と思えてきた。

 理人に、ほんの少しだけ甘めの日本酒を飲んでみたい、とおねだりしてみる。

 理人はそれで私の気持ちが落ち着くなら、と思ってくれたのか、「ほんの少しだけだよ?」と念押しして甘口の冷酒を頼んでくれた。

 よく冷えた冷酒をほんのちょっぴり口に含むと、ほんのりと頬が赤く染まるのと一緒に、気持ちもふんわりほころんでくる。

理人(りひと)と綺麗な景色を見ながら美味しいものが食べられるって……幸せすぎて怖いね~」

 日頃は言えない様な言葉を、素直に外に出せてしまう。

 

 私は子供の頃から肉より魚が好きな子で。理人はそれをしっかり覚えていてくれたみたい。

 桜庵(さくらあん)の夏の料理は魚が中心で、今日はスズキの杉板焼きがメイン料理だった。

 そのほかにも、外食でしかお目にかかれないような、固形燃料に火をつけて(うわ)ものを温める道具を使っての釜飯の炊き上げとか、見ているだけでもワクワクの連続で。

 非日常の雰囲気と、お酒の力が手伝って、私はいつもよりも楽しく食事をすることができた。

 そんな私を見て、理人も始終ニコニコで。

 まるで正木くんとの再会なんてなかったかのような、そんな時間が流れた。


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