僕惚れ②『温泉へ行こう！』
「葵咲(きさき)、何、動揺してるの？」

　私の首筋に唇を寄せながら、「彼氏に汚されたから着替えただけよって言えばよかったのに」と意地悪く囁(ささや)く。

　私は、いつエレベーターの扉が開いて、誰かが乗り込んでくるんじゃないかと気が気じゃなくて。

　エレベーターの階数表示から目が離せない。

「まぁ尤(もっと)も……」

　そこで、首筋にちくりとした痛みが走る。

「――彼も分かってて言ったんだと思うけどね」

　私の首筋の、誰からもはっきり見えてしまう位置に濃いキスマークを残して……理人(りひと)は何事もなかったみたいに私の横に立った。

　それと同時にエレベーターが一階について、扉が開く――。

　私は、理人に半ば強引に手を引かれるようにして、部屋に戻った。

　部屋に入ると、オートロックのため、扉が閉まると同時に鍵が掛かる。
　静かな室内に扉が施錠される微かな音が響いた。
　それが、今から秘密のことを始める合図みたいで、さっき理人に口付けの痕跡を刻まれたばかりの首筋から、熱い熱が這い上がってくるような気がした。
< 32 / 107 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop