僕惚れ②『温泉へ行こう!』
 さすがにもう、とても眠れるような状態ではなくて――。

 私は顔がどんどん火照っていくのを感じながら、そことは違う部分で、一人ドキドキしている自分のことを馬鹿だな、とか思ったりした。

 私がこうして理人(りひと)にときめいているこの瞬間も、彼は正木くんを牽制(けんせい)することばかり考えているはずなんだから。

 何だかそう考えたら、彼を気遣う必要なんてないじゃない、と思ってしまった。

 私は何も言わずにスッと理人から離れると、身体を起こしてシートに座り直す。

葵咲(きさき)?」

 いきなり肩から私の気配が遠のいて、理人が怪訝そうな顔をした。

「こんなところじゃ眠れないよね」

 途端、嬉しそうに正木くんがそう言葉を紡いだのが、何だかとっても腹立たしくて……。私は珍しく、感情のままに彼をキッと睨んだ。

 いきなり私に睨みつけられた正木くんは、私の態度に刹那ひるんでから、一瞬だけ悲しそうな顔をした後で、視線を窓に転じる。

「――そろそろ、着きますね」

 トンネルの中なので、何も景色なんて見えないはずなのに、じっと窓のほうを見つめたまま、正木くんが言う。
< 9 / 107 >

この作品をシェア

pagetop