あなたに、キスのその先を。
 私はお父様から受話器を受け取ると、すぅっと深く深呼吸をしてから、受話口を耳に当てて保留を解除する。

「もしもし……?」
 恐る恐る呼びかけたら、緊張のためか声が少し震えてしまった。

『こんばんは、日織(ひおり)さん。もしかして緊張していますか?』

 受話器越しに、ふっと笑う声が聞こえてくる。

「も、物心ついてから健二(けんじ)さんとちゃんとお話するの、初めてなので……その、き、緊張しています。すみ、ません」

 しどろもどろに言えば、やはりクスクスと笑う声が聞こえてくる。

 私同様、こんな風にお話するのは初めてのはずなのに、健二さんはやけに落ち着いておられた。
 それが、何だかとても悔しくて――。

(私が世間知らずで、彼との経験値に差があり過ぎるのが敗因に違いないのですっ)

 たぶん、私が温室育ちで、彼とは経験値に差があり過ぎるんだろう。

 健二さんが、外に出て世間にもまれる事を、私との結婚の条件としたのも、当たり前だと思った。
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