あなたに、キスのその先を。
「お前はずっと箱入り娘で、余りにも世間擦(せけんず)れしていないから、このまま嫁にもらってしまうのは不安なんだそうだ。それで、半年ほど市役所で臨時職員として働いて、少しだけでも世間の荒波に揉まれて欲しいとのことだ」

「市役所……?」

 公務員試験も受けていない私が入れるものなのかしら?

 そう思って父の言葉をつぶやくように繰り返すと、
「試験を受けずとも臨時職員にはなれる。働き先が市役所なだけで……扱い的にはバイトみたいなものだから安心しなさい。それに――」

 もう、話はつけてあるのだ、と父は言った。

「明日、施設管理公社の事務所に連れて行くから、お前はそこで面接だけ受けてきなさい」

 父の口ぶりから、どうも形だけの面接を受けて市役所に入庁しなさい、ということらしかった。

「私でも(つと)まりますか?」

 今年で二十歳(はたち)になったけれど、恥ずかしい話、私は生まれてからこの方、一度も外へ働きに出たことがない。
 人並みにパソコンは扱えるけれど、それを実践で生かせるか?と聞かれると、途端に不安になってしまう。そんな有様で――。
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