ママになっても、極上ドクターから独占愛で迫られています
 私をうかがうように口を閉ざしていた大槻先生が腕時計をかざした。

「時間ですよね。お仕事頑張ってください」

 気持ちを切り替えてエールを送ると、大槻先生は急に真剣な眼差しをこちらに向けた。

「困ったとき相談ができる相手はいるのか?」

 唐突な質問に呆気に取られつつ正直に答える。

「いないかもしれません」

「恋人も?」

「いません」

 大槻先生はスラックスのポケットから取り出した名刺に、万年筆をスラスラと走らせる。

 差し出された名刺を受け取り、書かれた電話番号に目を剥いた。

「え、あの……」

「手助けが必要だったら連絡して。俺を頼りたくなければ、別にかけなくていいから」

 気を遣わせないようにしているのか、自嘲するような薄い笑みを浮かべながら言う。

 どう返していいのかわからず困惑していたら、大槻先生はすっと立ち上がった。

「じゃあ行くよ」

「あっ、はい。ありがとうございました」

 咄嗟にお礼の言葉が喉から飛び出し、いや、これは変かな? と内心パニックになっている間に、大槻先生は「こちらこそありがとう」と言って歩き出す。彼は一度も振り返らず病院のなかへ入っていった。
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