腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
「い、いい……もう、いらな……」
それでも、その叫びに従うのは抵抗があった。

誘惑の狭間で揺れ動き、今にも彼の手中に落ちそうな私の肌に玄兎さんの指が伸びる。
「や……」
首筋から鎖骨、そして……私の身体のラインをなぞって順番に繊細な感触が降りてくる。思わず身体をよじると、玄兎さんはこちらをじっと覗きこんできた。深く深く、視線を絡めとられて、彼の瞳に映る私が熱に浮かされたように物欲しそうな顔をしてる。
「げ、んと……さ、ん」
山越で水を求める旅人のように、私の声は自分でも驚くほど掠れていた。

『もっと欲しい』
そう主張するように、身体が疼き始めているのが分かる。
「どうしました?」
「あ……んっ」
玄兎さんの指が背後に回る。背骨の凹凸を一つずつ確かめるようになぞられて、無意識に淫らな声が漏れた。
「貴女が欲しい。今、ここで」

欲情を煽るように、うっすらと玄兎さんの口の端が持ち上がる。
「貴女は……どうですか」
欲しくないわけがない。言葉で肯定はできなかったけれど、今度はお互いに吸い寄せられるように唇が重なった。
理性が音を立ててあっさりと崩壊する。

初めは啄むような優しいキスが、徐々に深くなる。何度目かのキスで、遊ぶように舌が絡まる。うごめく舌が私の飢えをますます呼び起こす。同時に服の中に忍び込んできた手が、私の敏感なところを探っていた。
「あ、ん……ぁっ」
何だろう、これ……こんな目が眩むような感覚、これまでの私は知らない。冷めかけていたはずのアルコールが、再び思考を蝕んでいく。

「ま、待って」
「待てませんよ」
「シャワーを……」
「そんな余裕があるんですか?」
「ひっ……」
無駄な抵抗をしようとした私を咎め、嘲笑うみたいに彼の手が内腿を張った。官能の渦の端緒が私を飲み込み、身体の奥に徐々に蓄積された熱が出口を探して彷徨っている。

知らず知らずのうちに背筋が仰反ると、彼がふっと笑った。
「貴女だって、もう……待てないでしょう」
「そ……んな、こと」
「貴女が感じている音がしますよ……」
「あぁ……っ!」
一番敏感な部分に触れられて、私の秘められた場所が淫らな音を立てる。

清廉な歌舞伎俳優?ううん、この人は、もっと……厄介だ。口づけと指だけで高めるだけ私の体温を高めて、敏感になった身体に迷わず触れる手管。彼に触れられるたびに身体がその先を求めて悲鳴を上げる。始まったばかりなのに、引き返せないところに追いやられてしまっている。
「玄兎、さ……ん。お、願い」
「……なんですか」
薄く漏れる吐息が、二人きりの部屋を淫らに支配していくようだった。

「もっと……」
「可愛いおねだりですね」
潤んだ視界の中で、玄兎さんが満足そうに笑みを浮かべる。
「可愛すぎて、止まれそうにありません」
ああ、もうこれ以上抗えない。
妖しい魅力に呑み込まれて、私は朝までずっと彼に溺れていた。
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