腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
頭を抱える私を、隣の後輩が唖然とした顔で見ている。
「……入力していたセルが、一個ずつ、ズレてたみたい」
「ああ、それはダメージ大きいですよね」
適当に誤魔化すと、怪訝そうにしながらも後輩がとりあえず頷いてくれる。
それからはあの夜の記憶に悶えながらも、口を噤んで仕事を続けた。休憩中も歌舞伎関連の情報やニュースを一切見ないようにして、どうにか仕事を終える。

「つ、疲れた……」
週末はアパートで宅飲みしながら歌舞伎のDVDや配信を見るのが恒例だけど、この日は疲れのせいかビール一缶を飲んだだけで、眠ってしまったらしい。寝落ちしたまま土曜日の朝を迎えると、カーテンから明かりがさしている。
「ふわあああああ〜、今、何時……?」
とりあえずテレビをつけて適当にチャンネルを回すと、目に飛び込んできたのは訃報だった。

どこかの立派な日本家屋の門前に集まったカメラと記者たちに囲まれているのは、松川左右之助だ。彼の周囲では御苑屋一門が、涙を浮かべたり肩を落としたりしている。
『祖父は先週末に息を引き取っておりました』
「左右十郎が、亡くなった?」
先週末って薪歌舞伎の日だ。
『家族だけで見送るようにとの本人の意向で、今日まで伏せていたことをお詫び申し上げます。送る会につきましてはまた改めて……』
周囲が悲痛な表情を見せる中、淡々と質問に答える左右之助の姿に胸が締め付けられる。
「気の毒に……」

『先週、人間国宝であり祖父である松川左右十郎の訃報が報じられた左右之助さんですが、なんと今朝、熱愛発覚のニュースが入ってきました』
ん?熱愛発覚?

訃報のニュースはリプレイだったらしい。画面が切り替わると、熱愛やホテルなどの赤い太文字が画面に踊る。
『左右十郎が亡くなった悲嘆を、その方が支えてくれているのでしょうか。実は、こちらの女性については梨園にゆかりがあるとの報道もあり──』

──ピンポーン……
画面に見入っていると、インターフォンが鳴った。
──ドンドンドン……ピンポンピンポンピンポン……
「え……!?」
「日向子、早う起き!何回電話した思ってるん!?」
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