腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
つまり、話はこうだった。
私が志村桜左衛門の娘だと分かった以上、それを下手に隠そうとしたり、否定しようとしたりしてもかえって世間の心象を悪くしてしまう。事実、私は間違いなく彼の娘なのだし認めた方がいいだろう、という点ではみんなの意見が一致した。
「そうなると左右之助との付き合いが、真剣交際であってもらわねば困る」
鴛桜が重々しく宣言した。
御苑屋の御曹司と柏屋の娘が遊びでワンナイトラブを楽しんだなんて、ふしだらの極みというわけだ。両者がすっぱ抜かれた以上、遠くない将来……できればスキャンダルの火消しのために早々に結婚するのが望ましい。

「理屈はわかりますけど……」
「日向子さん、僕と結婚するのはおイヤですか?」
年長者の鴛桜やお母さんに場を譲っていたかに見えた左右之助さんが、静かに口を開いた。
「イヤっていうか、考えたこともなかったですもん」
「僕は日向子さんが好きですよ」
「へ……」
斜向かいに座った左右之助さんの視線が、熱い。
「真剣にお付き合いしたいです」

私と彼の間にはお母さんがいるし、正面には鴛桜がいる。けれど、ここがまるで二人きりの空間であるかのように、彼は私だけをまっすぐに見つめている。
「次にお会いしたら交際を申し込むつもりでした」
「え、いや、そ……え?」
「……落ち着かない子だね」
心ときめくはずの場面なのに、私の口から漏れた間抜けな呟きに鴛桜師匠が呆れていた。

「まだ出会ったばかりですが、周囲の人やものを大切にする方なのだと思いました。僕はこういう立場ですからいい加減な気持ちでお付き合いはできませんし、付き合うなら結婚を前提にきちんと付き合いたい」
左右之助さんの言葉にドキドキが止まらない。土に水が染み込むように、喜びとも戸惑いともつかない感情が体の隅々に染み渡っていく。

「お付き合いを飛ばして結婚になってしまうことに関しては、申し訳ないと思っています。でも、これが僕の正直な気持ちです」
「左右之助さん……」
「僕との結婚を考えてみてもらえませんか。梨園の都合とは別に、僕は貴女と交際したいし、結婚したいです」
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