腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
「先代の桜左衛門を通して左右十郎からお店を教えてもらい、伺ったのが最初です」
桜左衛門が御苑屋の友人である左右十郎に紹介したとなれば、お母さんのお店や私を元から柏屋が認めていたという印象をより強めることができるからだ。ここまで考えられるなんて、頭がいいというか腹黒いというか……左右之助さんの印象が確実に私の中で変わってきていた。

「彼女は一般の会社員なのですが、お手伝いで来ていた時に何度か接客していただくことがありまして。歌舞伎に造詣が深く、朗らかな人柄にいつしか好きになっていました」
ざわっと記者たちの間にざわめきが走る。
「タイトル差し替えだ」
「左右之助結婚……!」
何人かの記者が声を上げながらその場から離れていった。

鴛桜がその場を収めるようにはっきりと宣言する。
「彼女の身の上については柏屋できちんとした上で結婚します」
「……というと?」
「これを機に、私と養子縁組致します。残念ながら、父の生前には叶いませんでしたので」
何が『残念ながら』だ。これも左右之助さんに言われて渋々承知したくせに。

「御苑屋と柏屋は手を取り合って歌舞伎界の発展のために貢献します。お騒がせしたことについてはお詫びを致します」
「私の婚約者は、一般の会社で働いている普通のご家庭のお嬢さんです。今後は妻として表に出ることもあるかもしれませんが、温かく見守っていただけるようお願いいたします」
「どうか両家をご贔屓に」
左右之助さんと鴛桜が揃って頭を下げて、なんとなく祝福ムードで囲み取材が終わる。

整理しきれない気持ちを抱えたまま、私はその光景をしばらくぼんやりと見つめていた。今の私を見たら、運命的に出会った梨園の御曹司と結婚間近で喜びに溢れた花嫁だとはとても思えないだろう。
会見場が静かになった頃、付き添ってくれている左右七さんに声をかけられた。
「さ、奥様にお母様。記者に見つからないように出ましょう」
「はい」
非常階段を降りると、駐車場の隅で左右之助さんと一人の男性が人目を憚るように話していた。

カメラを持っているから記者の一人かもしれない。
あの人、どこかで見たことがあるような……なんで左右之助さん、特定の記者一人とだけ話しているんだろう。出てきた私とマスコミが接触しないように合流する手筈だったのに。
私に目を留めた左右之助さんがスッと彼から離れた。記者の方も俯くようにして立ち去っていく。
「日向子さん、お疲れ様でした」
「いえ、左右之助さんこそ」
「では、帰りましょう」
このまま私は、マスコミ対策のために御苑屋の屋敷に引っ越すことになっている。アパートや美芳に戻ると、周囲に迷惑をかけるかもしれないからだ。
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