腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
のんびりとお茶を飲みながら買い物を楽しみ、ゆっくりと日が沈んでいく。
「玄兎さんの嘘つき」
「何がです」
結局、玄兎さんは行きつけの老舗呉服店にも私を連れて行き、騙し打ちのように格の高い袋帯を誂えた。
「着物は買っていませんよ」
「帯は小物とは言わないと思います」
「今あるものを無駄にはしないでしょう」
「ああ言えばこう言うんだから」
「貴女も負けてはいませんよ」
顔を見合わせて、プッと笑い合う。

ふと顔を上げると、町屋を改造した可愛らしい店舗が目についた。
「わあ、可愛い」
「ああいうお店が好きなのですか」
「好きそうなお店だし……あれくらいが落ち着きますね」
「ふーん……」
興味深そうに呟いて、玄兎さんは迷わず私の手を引いて歩いていく。
「え?あ、あの」
「気になるのでしょう?寄ってみましょう」

手を引かれてそのお店に入ってみれば、キッチン雑貨のお店だった。今までのお店に比べれば随分とリーズナブルに感じるけれど、多分それは錯覚だ。もし私が元通りのO Lだったとしたら、給料日直後にえいやーと勢いをつけて入る程度には洒落たお店だった。
「へえ……」
玄兎さんは珍しそうに周囲を見回している。
「これは何に使うものですか」
「ピーラーですね」
「ピーラー?」
「野菜の皮を剥くものですよ」
「包丁でやらないのですか」
「包丁よりピーラーの方が簡単な場合があるんですよ。……根菜のお鍋とか、サラダを作るのに便利そうだなあ」

喜熨斗家には立派な包丁セットがあるけれど、八重さんも私も全部は使っていない。それよりはこういう手近なキッチングッズの方が、私には合っている。
「よし、一個買ってみよう」
手近にあった小さな籠に入れていく。
「一個でいいのですか」
「ピーラーがたくさんあっても仕方がないので」
「……なんだか、今までの買い物の中で一番楽しそうですね」
玄兎さんが困ったように微笑んでいる。
< 57 / 69 >

この作品をシェア

pagetop